局長 マーチャーシュ プレゼンツ
『ハンガリー紳士の 人力車賃金値切り講座』
この前の記事は モダンなハンガリーを描いたため、そろそろ 私の得意分野を披露してもよいかな?
へ? あ、どうぞ。
ふふふ。今回は、 『ハンガリー紳士の 人力車賃金値切り講座』をお送りしようと思う。
明治時代のアメリカ人が書いたと思われる旅行案内書に乗っていた 人力車の話 と、明治時代のハンガリー人が書いた日記に出てきた人力車の内容が、 ほぼ 同じだったのを 発見したときの あの興奮ったら なかったんだ。
・・よかったね。
では 今回は 1908から1910年ごろにタイムスリップしよう!
じゃあ、まりえが人力車を引く係、俺がハンガリー紳士ね。
え?
はい、これ読んで。
きゅ、急だね。
<ハンガリー紳士の人力車賃金値切り講座>
赤坂サカスまで、どのくらいで乗せるか?
(サカスって。。。)
旦那、どうぞ、五十銭ください。
それは高い。 二十銭でたくさんだ。
これだけでは乗せていかれないか?それじゃ歩こう。幸いに足が達者だから。
な、なんだ、馬鹿言うな。そんな相場があるものか。(棒読み)
初めて人力車に乗りやしないぞ!
初めて車を頼みやしまいし、たいがい相場も知っているわ!
俺だって無理な談義はしないが、22銭でよかろう。
(・・・値切られた?)
もう少々ご勘弁を願います。
一時間決めで俺を乗せるか? 値を負けたからとて、鈍くやってはいけないぞ!
旦那、ご冗談ばかり。 へい。よろしゅうございます。
お召なさいまし。 ひどくお手間がとれましょうか。
いや。そう手間はとれまい。夕方までに帰るつもりだ。
それでは、旦那。 25銭 願いとうございます。
んー、少し高くはないか。
いいえ。よほど道のりもございますから、決してお高いことは申しあげません。
そんなら、それだけやろう。 それでよろしいが、あとで増しを強請ってはいけない!
(サカスに到着)
さ、これは賃銭だ。大将、骨折ったから、5銭増してやろう。ご苦労だった。
旦那、どうぞ、少し増してやってください。
お前は乗る前に 値を決めたじゃないか? 決めた値より 余計は やらない。
しかしだんな。 今日は道が大変に悪いですから、すこし増してやってください。
ずいぶん骨折りましたから、どうぞ、一杯買ってください。
さ、これは酒手だ。
はい。ここで会話は割愛。
なぜかというと、この会話の最後の方、アメリカ人の記述によると、同時の日本人がちょっと見下されてるのね。
でも、ハンガリー人は意外と同感してるんだよね。人力車を引く人に対して。上から目線ではあまりないというか。
以前とりあげたけど、ハンガリーって別の国から支配を受けがちな歴史だったから、支配下の経験が歴史に根付いているからこそ、当時の東欧人は、当時の発展途上国の日本、その民族に対してあまり上から目線ではなかった、というか。
ほう。今でこそ、値段をふっかけるような 文化って日本にはないと (私は) 思っているから、このやりとりは新鮮だったかも。
でも、これ、言ってることが 若干変じゃない?
5銭増してやろう ってお客さんが言ってるのに、もっとくれって車夫が言い出したら、乗る前に決めた値段以上はやらないぞ ってお客さんがキレるって。
どっちだよ っていう
結局、酒手(=チップ的なもの)だって言って 渡してるからいいけど。
まぁまぁ、そこは つっこまないでよ。この会話、多少俺が脚色してますが、基本的にはローマ字で上記の会話の内容がそのまま書いてある内容なんだよ。
ちなみに、ハンガリー人旅行者の日記には、人力車の料金ものこっている。
40キロの距離の賃金は3円50銭。
今の価値に換算すると、だいたい7000円。
東京内の人力車の料金は1時間20銭。(今でいうと400円)。
<本日のまとめと補足>
・人力車の発明に関しては諸説ありますが、日本で最初に使用されたのは1870年。
・発明から1年半後には、東京だけでも1万代の人力車が走っていたという。
・日本にきて人力車にのった外国人は、みんな 降りる時に 追加料金を請求されたのかもしれない。




