母にくぴーから電話がかかってきた(・ω・)/
何かね?って
かけなおしたら、


母→無料通話が余りまくってたから電話してみた
私→いや、家族間通話無料だから(笑)

母→そうなのか?!今日ながこと遊んだぞ。
※注:ながこは私の高校時代の友達

私→おう、ながこから聞いたぞ(b^-゜)10kg太ったらしいじゃないか?!
私は夏バテで痩せたぞ。
母→しっかり食え!!母は10kg肥えたぞ

私→食い過ぎか?!

母→いや、子宮筋腫がでかくなりすぎたようだ。
全てが肉ではない!!
お前次いつ帰ってくるだ?

私→…そうか。19の朝帰るぞ!!19はライブだが20はながこと遊ぶ予定だ。

母→そうか。わかったぞ!
じゃあまたな(・ω・)/
土産よろしく(´ω`)


うん、相変わらずな母じゃった(笑)
しかし子宮筋腫でかくなりすぎだろ(-"-;)
私がお腹にいる頃、時を同じくして出来た子宮筋腫。
奴のせいで私が生まれる確率は0%と言われていた。
母か私、いずれが犠牲になると言われていたらしい…
が、今は某医科大学の教授になった医師だけが1%の確率ではあるが、かけてみるかと発案し、
見事母も私も奴に負けず今この世にいる。
余談だけど、因みに母は切腹中(帝王切開中)綺麗な川とお花畑と死んだ母のじいちゃんが見えたらしい…後に三途の川と知る

しかも手術室の外にいる私のじいちゃんと親父が心配そうにしている姿まで見えたらしい…後に幽体離脱と気付く

だが彼女は看護婦さんに叫ばれ無事私を生み、
何故かちゃっかりその4年後にガタガタの子宮で弟をまた切腹して生んでいる。

強い女だ!!!!!!
我が母ながら尊敬している。が、相変わらずちょっと変わった母だ。
私が腹にいたころからだから早20数年、ずっと彼女は子宮筋腫と生きてきた。
何故か頑なに痛くても我慢し続け、子宮を取ったり無理に閉経するのを頑なに拒み続けていた。
だがしかし、そのため今に至ってしまい、
最近ついに限界がきて、もう48だしと、男性ホルモンを打ち、閉経する道を選んだらしい。
その時の母の言葉

「次お前に会うときは父が2人になっとるかもしれんな」

いや、母よ、いくら男性ホルモン打ったとしても母は母だろ!!

ナウい自慢の母です(b^-゜)

しかし子宮筋腫の野郎のせいで10kg太ったとは尋常じゃない…心配だ(´・ω・`)

母にはいつまでも元気でナウい母でいて欲しい。
自分も心配かけちゃいかんし、最近あまり実家帰ってなかったけど、ちゃんと帰らんとな(>_<)