父に言われたのは、
「死ね」
だった。

母が向けたのは、
包丁
だった。

家族の中で、私は不良品扱いだった。

父は、仕事を難なくこなす人だった。
旧帝大の工学部の電子工学科を卒業し、大学院まで行き、N●Tに入社した。
昭和58年の黒●新聞にも載った。
共著ながらも、「マル●メディア方式」という本も出版した。
同窓会の会長も務めていた。
年賀状がたくさん届く人だった。

母は、箸の上げ下ろしにも口やかましい人だった。
躾が大変厳しく、遊びに行く度に挨拶や靴を揃える向きなどを注意された。
短大の英文科を卒業し、アルバイトで貯めたお金で海外旅行に行く人だった。

姉は、気立ての良い人だった。
短大の国文学科を卒業し、家庭に入り、義理の兄を支えながら、甥と姪を育てた。
家事を完璧にこなし、良妻賢母だった。

弟は何処までも純粋で、優しい、自慢の弟だった。

私は…。
何とか受かった女子大を中退し、フリーター生活を送る、出来損ないだった。

彼らにとって、私は不良品だった。

父は、外面は良かったが、DVやモラハラが絶えない人だった。

母は、姉や弟と一緒にいる時は、とても楽しそうだった。

姉は、母と一緒にお茶をしながら、私を仲間はずれにした。

弟だけは、変わらぬ優しさをくれていた。

私にとって彼らが誇りでも、
彼らにとって私は埃だった。

不良品。
出来損ない。
欠陥品だった。

生殺しの人生になんて、何の意味も価値もない。
存在は最初からない。

生きながらにして、私は死んでいた。
体ではなく、心が死んでいた。

誰からも必要とされずに生きる事は、絶望の中に全てを埋めるに等しい。

敷かれたレールを走る。

生きる事が、苦行だった。

終わらせる事も出来なかった。
何回も失敗した。

三途の河も見た。

どうせ死に向かって生まれて来たんだ。
何事にも執着せずに、黙っていればいいだけの事。

始まった時に、終わってもいたんだ。

こんな人生、最初から。