うんこうんちくんうんこ


捲きグソ.

この絵は筆記用具を持った全ての子供達によって幾度となく書き記るされ,大人達に叱られては反省した素振りを見せつつ新たな創作に意欲を掻き立てる魔力を持っている.恐らく中学生が持つ歴史教科書の坊主共の頭上には,これが古典の正装だと言わんばかりに捲きグソが鎮座しているはずだ.恐らく,平成の今であっても.


ある者は湯気を,ある者は飛び交うハエをオプションとしてアタッチするが,『本体』に関してはカスタマイズされる事など皆無だ.加筆修正を許さない完全なフォルムを有しているが故だ.


『完全なフォルム』


それがドラえもんならば理解できる.専門職の著者がキャラクターを発案し,一般受けする容姿にオリジナリティーの加味を試行錯誤した努力の結晶であれば,”カスタマイズ”とは本体から脱却した模写に過ぎない.ヒゲを消せば”ドラえもんらしきもの”になり,チョンマゲを生やせば”コロ助らしきもの”に転じるだけで,ドラえもんのオリジナルは常に保たれている.


しかし,この著作権にも守られていない捲きグソに関してはどうだ!?著者不明,発生時期・場所も不明でありながら,方言も気候も住居様式さえ違う南北に伸びるこの日本全国において同じフォルムで統一されている.僭越ながら『搾り出し三段重ね』と呼称しておこう.この圧倒的なフォーマットに対して唯一許されるのは,最上段の”右捻り”か”左捻り”かの選択だけだ.老若男女,善悪の立場を超えて統一された絶対性はメソポタミア以降の神の存在に等しい.


これを最初に書いたのはどのような人間であったのだろうか?実際に『搾り出し三段重ね』の捲きグソなど尻の間から垂れ,その威風堂々たる装いに感銘を受け写実を試みたのであれば,極めて神話的な運命と抽象的な表現力に恵れたのだろう.一万日以上生き,毎日ほぼ欠かさず大便を排している私は残念ながら1つの円すらも描いた事がない.そしてFAXやメールというインフラが無い時代に誕生したのだろうから,その伝達が口伝にて改ざんされる事なく全国に広がったのであれば,それは織田信長の天下武布に他ならない覇業である.

私は名も無き偉人に畏敬の念を抱かざるをえない.




俺は耳掻きが大好きだ.2日に1度は竹の棒ッ切れを耳の中に突っ込んではグリグリと引っ掻き回している.そんなペースだから当然収穫なんてのは無きに等しいが,目的は耳の奥をコチョコチョを弄る事にあるからどうでも良いのだ.


耳に薄っすらと生えている金色の産毛の先端を耳掻きが撫でる度に,背筋がゾゾゾっと震えて思わず仰け反りそうになる.鼓膜に近くなるにつれ肌は敏感になるが,それは感度が増している事も意味している.そんな危険地帯をチョイチョイと耳掻きの先っぽで軽く擦ると体の芯から悶える.抜いた後に耳に残るジンジンとした余韻も堪らない.


掻き過ぎるが故に多少は耳の中に血が出ない程度の傷が出来てしまう時がある.そんな時は我慢に我慢を重ねて3日間放置する.そうすると傷付いた部分には薄いカサブタが出来るのだ.その硬い皮膜を剥がれない程度にカリカリと掻くのも偶にしか味わえないエクストラなオプションで,料理でいうところの珍味の存在だ.


本当であれば『趣味って何?』とか『暇な時って何してるの?』っていう質問に対しては臆する事無く『耳掻きだよ』と答えたいのだが,部屋の片隅で指先を微妙に動かすだけの行為はあまりにもメランコリックだ.ついつい別の答えを返してしまう.


そんな耳掻き大好きッ子な俺は,人前では絶対にソレをしない事にしている.目を閉じ『おぉ~ッ,キモチィー』と小声で呟きながら悦に至る表情は,オーガズムを貪るそれと酷似していると思う.快楽と苦悶の狭間の顔は客観的に見られる代物ではないから.



男が履くトランクスやブリーフなどの下着の総称が『パンツ』である事に対し,女のソレは『パンティー』のだと認識していた.決してジェンダーに抵触する偏見の産物では無く,太陽が太陽であり月が月であるように,パンティーはパンティーでありパンティー以外の何者でもないはずだ.それが俺の人生で刷り込まれた不動の常識だった.


『ホンキで言ってるんですか?やだなぁ,もうパンティーなんて言い方しませんよ』 なんて買い物に付き合わされた7つも年下の女に笑われるまでは.


多分その時に俺は「えっ,パンティーじゃないの?」と真顔で聞き返したと思う.彼女は俺がワザと古い表現をしていたと思っていたらしく,そのズレに少し怯みながら『大きな声で言わないで下さいよ…今はショーツって言うんですよ』と恥ずかしそうに答える.


”ショーツ”聞き慣れない言葉をゆっくりと頭の中で復唱してみる,実体が思い浮ばない.認められるはずが無い.だってそうだろ?『明日から東西南北は花鳥風月に置き換えられます.太陽は花から昇って鳥に沈みます,北極と南極はそれぞれ月極と風極,磁力はNとSではなくMoonとWindだからMとWです.あぁ,もちろん方位を表す時の”月極”は”つきぎめ”とは読みませんから悪しからず』なんて言われたって素直に受け入れる奴がいるか?


「嘘だろ,じゃあパンチラをショーチラなんて言うのかい?」


自分の常識が覆されようとしている緊急時とは言え,思わず口にした質問の低俗さが身に染みる.『んー,どうなんでしょう?』無難で無機質な答えのダメージは予想以上に堪える.「ショーツ?」自分に言い聞かせるように再び声に出してみる.『そうです,ショーツです.ショーツ』何が腑に落ちないのだろう,と不思議そうに彼女は答える.


-ショーツ.

かの高名な殺し屋シティーハンター・冴羽遼は戦慄なスケベだった.彼は事ある毎に海綿体を膨張させて『モッコリ』と叫んでいたっけ.勿論”パンティー”もその有力な媒体だったよな?『パンティーちゃ~んミ☆ モッコリぃぃぃ~』みたいな感じでさ.俺は思うんだ,もしパンティーじゃなくてショーツなら,シティーハンターはそれほどモッコリしないんじゃないかって.どうだろう?


瞬時に思い浮んだこんな質問をしてみたかった.彼女に『あぁ,そうですねぇ,やっぱりパンティーですよね』と晴れ晴れと理解して欲しかった.でも,引かれるのが怖かった.無理にフォローされても辛いと思う.しかし何よりも『シティー…? えッ?誰ですか?』と聞き返される世代の壁が恐かった.


「ふーん,そうなんだ,知らなかったよ」打算から手に入れた新しい常識の韻が虚しく響く.僕等はウィンターバーゲンの人ごみの中,下着売り場から離れる.話題はすっかり変わっていて,彼女も既に『パンティーに固執する男』という眼で僕を見ていない.


これで良いんだ-納得する.


そして最後に別れの挨拶をする「グッバイ,パンティー.名前が変わったってお前はいつまでもパンティーだからな!」すでに遠く離れてしまった下着売り場で,一枚のパンティーがヒラリと舞った.そんな気がした.