ハチドリのひとりごと

ハチドリのひとりごと

わたくし目線のおしゃべり

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小さい頃、暗闇を怖がる私に母は言った。

「お化けや幽霊なんていないんだよ。怖くないんだよ。一番怖いのは生きてる人間」

大人になるに従って母が言っていた「生きてる人間の怖さ」というものを知る。

 

どんな人間も光と闇を持っている。

一人一人が自覚してないだけで…

人間はどこまでも残酷になれるのだ。

 

神が与えた解決法が「死」なのだろう。

この世に生きてる限り解決できないものは「死」がリセットしてくれる。

 

私達は目に見えない神の手に生かされてる。

生きてる間試されてるが、個の生き方も人類世界の中で翻弄される。

そしてこの世界がどうしようもなくなってきた。

 

後味の悪い歪んだ人類文明がリセットされる時がまもなくやってくるだろう。

そろそろかも知れない。

 

一月ほど前に、高校時代の友人Aさんが亡くなる夢を見た。嫌な夢だなと気になってた。

 

1週間くらい前、そのAさんから珍しく手紙が届いた。

「突然の報告ですが、検診で卵巣がんが見つかりました。今化学療法をやってます。体調のいい時に会えませんか?連絡ください」

そういう内容だった。

 

明日は治療の日だと聞いたので、今日会ってきた。

昨年の夏以来かな、顔を見たのは。

思ったより顔色も良くて元気だった。

 

ただ、白血球が減少していて、明日の治療が気になってると。

手術をしたとき、腹膜から癌細胞がわずかではあるが検出されたと。

ステージ2~3の境界か?

彼女が何気に言った「5年生存率は50%くらい」というのが引っかかった。

 

「でも、やりたいことがあるんだよ」と

オペラの歌曲をソロで歌う、知人と一緒にコンサートをやろうと、今ボイストレーニングを続けてると。

イタリア語・ドイツ語の言語で歌うのだと。

すごく、明るく楽しそうに話していた。

信じられないくらい元気に話していた。

「決まったら、来年になるだろうけど、聴きに来て」と

行くよ、絶対行く。

それまで、体力温存して練習してね。

 

治療がうまくいきますように。

 

還暦過ぎて、聴こえてくる同級生たちの病気の報告が増えてきた。

みな、まだだよ。

元気で生きてよね。

 

 

私の父は毎晩仏壇の前でお経をあげる。

 

浄土真宗の信徒である。

 

仏陀を崇拝している。

 

でも、親鸞についてたいして詳しくはなかった。

 

私が「歎異抄」について話したことがきっかけで読んだみたいだ。

 

まあ、個人の信じる宗教だもの、その程度でいいと思う。

 

自分が信じる、それでいい。

 

他人に強制するな…それだけである。

 

 

人間社会が宗教にしがみついている間は、経済発展は望めない。

 

宗教から離れるか、宗教を政治的に利用することで、人間は発展の果実の味を知る事になったのだ。

 

だから、聖書では金にまつわる職業人のことを「忌むべきもの」扱いしているんだ。

 

仏教の無欲も、そこを突いているのだろう。

 

人間、欲に目覚めたら進歩するし発展する。

 

邪な考えは宗教とは対極に位置するから。

 

 

果たして、父の宗教に対する姿勢は? というと

 

毎晩お経を唱えるのは、あの歳にしていまだに煩悩を拭い去れないから?

と私には思える。

 

人生のゴールが近くなっても人は我欲に苛まれるのだなぁと思う。

 

私はもう生への執着もなくなった。

 

もしかしたら、私の方が父より無欲に近づいているのかもしれない。

 

だとすると、私の方が早くこの世を楽に去れるのかもしれない。

 

人間とは、憐れなものである。

地球上の人間が繁殖しすぎて、地球が滅びる。

鳥が大量に繁殖している。天敵がいないし、集団で飛びながらエサの豊富な場所へ移動できるから増えるのは当然。

結局増えすぎた鳥の数を自然界の中で調節することができるのは、ウィルスだろう。

そして、そのウィルスは他の生物へも影響を及ぼす。

もしかしたら、人類の存亡はそこにゆだねられているのかもしれない。

強いものが生き残るのではない。環境に順応したものが生き残る。ダーウィンの言ったことの意味はそこだと思う。ウィルスと共生できる生き物だけが生き残れるかもしれない。

ワクチンで解決しようと考える人間たちは、結局滅びるのだろうなぁ。
どこで読んだか忘れたけれど「地球の1年は宇宙からみたら1日に過ぎない」というはなし

地球の自転・公転の時間と比較して、他の太陽系惑星の自転・公転は地球とは異なる。ということは、その惑星時間と地球時間では流れる時間は同じではないはず。

で、最初のはなしに戻るのだが「もし地球の1年が宇宙の1日と仮定した場合」宇宙の1年は地球でカウントすると365年余り。例のニビルの公転が地球からみて、3600年ちょっとと言われていて彼らの時間からすれば、約10年くらいで地球に近づくわけ。

生きてる時間の長さも、人類とは比較にならない。宇宙からすれば地球人類の歴史なんてあっと言う間のできごとであろう。

そんなことをつらつらと想像していたら、3600年余りの人類の歴史で、高度文明は地球上のそこかしこに生まれたが数千年から数百年で滅びてしまっている。なぜ突然滅びたのか確かな解明はない。
私は、高度な文明には限界があって、そこに到達すると自ら滅びるようにシステムが働くのではないだろうかと考える。

文明の速度がゆっくりの間は余裕があって、人類の時間はそれなりに保障されている。しかし、現代のように進歩の速度が加速度的に進むと、残された時間は少なくなるのだろう。

宇宙から見て、地球は実験台ではなかろうか?
宇宙人がいると仮定して、彼らは地球の何回目かの自滅を眺めているのかもしれない・・・
見えない未来像に、宇宙的なプロセスの一端を想像してみるのである。
もしそうならば不安は感じない、ロマンを感じる。
3年前まで医療従事者だった。
けっこう葛藤の多い仕事なのよ。

新卒で配属された部署がER.
いまでこそERといえば「救命救急室」とわかってもらえるけど、私が勤務してた頃の日本ではまだ試験的に始まったばかりで、設備はすごいけど人材育成は追い付かず、入職したころは開店休業状態で毎日が研修だった。

本格稼働して受け入れ始めた頃、心肺停止で搬送されてきた人がいて、蘇生術の甲斐なくその患者さんは「脳死」と診断された。

それから脳死患者さんを何人もみた。
脳死と判断された人は長くても2週間以内に亡くなる。
その間は人工呼吸器と点滴に頼り、血圧が下がってくると昇圧剤で必死につなぐ。
自力で呼吸できないのは脳幹がやられて元に戻らないからで、腎臓・心臓の機能まで落ちてくると最後は心臓停止で死が宣告される。

その間がね、つらいんだよ。
患者さんは苦しそうなの。
モノも言えず機械や薬で生かされてるだけで、酸素も水分・薬剤も体が吸収できるほど臓器はがんばれなくなってる。
だから顔も体もパンパンに腫れて、元気な頃の面影はない。
その姿がね、とてもつらそうなの。
家族はまだ温かみのある体を生きている証と思って希望を捨てない。
「がんばって生きて」と励ます。
だけど、必至で闘う患者さんの無言の姿は苦しそう。

何回かそんな体験をして、私はこんな医療に疑問を持った。
こんな形の医療がほんとうにいいのでしょうか?

神様はあの時患者さんを一度天に迎えようとされた。
それを医療従事者が必死でこちらへ引き戻した。
でも意識は戻らず自発呼吸もできず、刺激を与えても無反応な体を横たえるだけ。
もちろん心肺蘇生術はだいじな医療行為です。
そこから回復される方もいる。
でもでも、そんな人は一部。

命を引き延ばすだけの医療。
私には向いてないよ。
こんな仕事は向いてない。
その時から自分の中で何度も問い直した。

50代後半。
生きる事より「死」を意識するようになった。
もしもよ、自分があんな形で蘇生されたら。
意思表示をしておかないと不本意な形で「脳死」にされちゃう。
と想像したらそのことが恐怖にさえ感じるようになった。

いま「脳死ドナーカード」を持つ。
若いころから脳死になったらドナーになってもいいと思っていた。
だから早い時期からカードは準備してる。

べつにね善意の臓器提供という殊勝な動機などではないの。
万が一死ねなかった場合、生きるしかばね状態になった時、ドナーカードの意思決定として「死」の判断してもらいたいというところ。

ちなみに、自分はレシピエントは拒否します。
自分はなるべく自然な形で生と死を受け入れたいといま願ってます。

ただ、脳死になった体がもっと生きたいという人の身体の一部として使われ社会復帰に役立つことができるのであれば、それ以上の喜びはないと思ったりもするのです。

若い人は生きてください。