はるかのブログ
昨日の続きみたいな感じですが、
書いてて自分でワケわからんなってますが
お時間のあるときにでも
読んで下さいね
若いころに、事務職を経て、
数年だけど介護の仕事をしていました
今でも正直、
その仕事をして良かったのか
しなかったほうが良かったのか
わからなくなることがあって。
そのくらい
身体がしんどくて
心が悲しくて
人間模様や、お別れで
ツラいことの多い職場でした
30数年前のことではありますが、
本当に本当に大変なお仕事で
(当時は、オシメも布で、職員が
洗濯してたんですよ)
今は昔と比べ、沢山の
介護のための学校があったり
専門職も増えたり
オムツも紙オムツになり、
就業規定なども改善されているという
お話も
きいたことはあるけれど
お年寄りも増えてますしね
大変なお仕事に変わりはないと
思います
私個人の意見としては
もっとお給料、上げてあげてほしいわ!
保育士さんとかもやけど。
仕事の大変さが変わらないなら
その大変さに見合った
お給金を出してあげてくださいな
なんて、だれに訴えたらええの?
お兄ちゃん?教えて!(^_^;)
それでも
介護職を経験したからこそ
身に付いて
今でも助かっているなと思うことも
沢山あるんです
今日はその一部分だけ書きますね
結婚して、まず一番に
旦那が高熱を出して病気をしたときに
うろたえることなく
看病というか、
介護ができましたね
お熱の下げかたもある程度の
決まりがあり
寒いときは冷やしたらいかんのですよね
よく頭を冷やしたりするけどね
それも不快な人もいたりして
うちの上の子は頭を冷やすのを
よくイヤがってましたね(^_^;)
それをイヤだとか
寝たきりで自分で言えない人には
足や手を触ってみて
冷たいかどうかとか…見極めたりね。
冷たければ、湯タンポで温めたり。
熱ければ、冷やす部分があったり。
どこを冷やし(鼠径部とかね)
冷やさんほうがいいんかとか
普通の発熱ならば
とんでもなく高熱でない限りは
薬で解熱させるよりは
その人の治癒能力に従って
自力で解熱させたほうが
治りが早いかも?とか…
水分補給は必須ですが
体液を薄めすぎるのもいけないしね
もちろん、一概には言えませんが
そういうことを何も知らないよりは
経験上知っていたので、
知らないよりは全然マシでしたね
子供を産んで育てて一番感じたのが
うろたえることが押さえられたんは
感謝ですよね
たぶん、私の性格では
かなりドキドキ、ハラハラ
落ち着きがないので
何も知らんかったら
自分のほうが
何をしたらいいのか
看病しながらもオロオロして
先にぶっ倒れていたかもしれんです
(今も、家族が治ったあとで
ぶっ倒れてますけれどね)
最近、お隣さんがコケたときも
それなりに判断はできました
子供たちのオムツかぶれ1つにしても
これは、細菌感染かもしれんから
普通の薬を塗ったら
余計に悪化するかも
とか
経験上、何人も見て
わかったりしていたので
あっ、これカビやわ
とか
ただの炎症かもしれんとか
ある程度わかるので、
通院せず前もってもろてた塗り薬で
完治させたり
(現場では、処置はナースのお仕事です)
(もちろん、
他の症状で怪しかったり、
長引くときは先に通院しますよ🤭)
だから、最近の旦那の湿疹とかも
通院レベルかとかくらいは
なーんとなくわかるんで
通院しろ!と何度も言ったけど
旦那、病院嫌いやから、行かんかって
行くのが遅すぎて
いまだに悪化して治らんのやけどな
(全く言うこときかん頑固な家系なのよ
入院になるまで動かん人達😢💦
言うこときかん人には無駄な知識やん💦
義母も、なかなか動かずで
取り返しのつかない状態になって
ようやっと動いてもなぁ💦
↑嫁ぎ先の人たちみんな病院嫌い😅
亡き義父も動いたときは手遅れの癌で💧
早くに通院してたら、
義母にしても
お薬でアルツの進行遅らせられてたかも)
あっ💦すみません
また、愚痴っちゃいましたが
お話、戻して
他にも
タオルを2つ折りに掛けるときには
見える側(入口側)は山折りにしたほうで
とか。
そのほうがスッキリ綺麗なんやけど
介護の場 以外でも
ホテルや自宅などの
ベッドメイキングでも
見た目から清潔、キレイに保つことも
とても大切で
家事で使える技なども
教えてもらいました
なので、義母の通院やらの介助にしても
車椅子の移乗のしかたとか
ベッドやトイレへの誘導のしかたとか
とても役立ちました。
(実際は
腰をやられるほど過酷でしたが😅💦)
車イスで
坂を下るときや段差のある場所では
車イスを押すのではなく
介助者が先に回って後ろ向き走行に。
押すのではなくバックオーライで
操作したほうが危険を回避できる
とか ↓
(画像は都庁のHPからお借りしました)
↑こういうのは、
ベビーカーでも役立ちましたね。
他にも
寝たままの人をベッドごと運ぶときは
足側をひくとか習いましたが
(進行方向が患者さんにも見えるので
安心だとか…だったかな?)
(ごめんなさい、昔すぎて忘れてますが
ストレッチャーも
寝たきりのかたの
入浴介助などで使っていましたが
もうひかないから
記憶が間違ってたらごめんなさい)
とにかく勉強熱心な
ナイチンゲールさんのような
女神さまみたいな上長さんがいて
女の園でも
「迷うことなく
はるかちゃんの思うまま
はるかちゃんらしくお仕事してね」と
(実際は苗字に『ちゃん』付けで
呼んでくれていました)
そんな、
仏様のような後光がさすような人から
指導が受けられたんで
それは良かったと思います(涙)
なかにはNice☝️な素敵なボスも
おひとりだけ居たので
夜勤のときなどの ご一緒時には
仮眠時間を削ってまで
指導してくれたり
私ひとりポツンと
シーツ交換をしていたら
そこにヘルプで入って
あちこち二股で
一緒に交換してくれたり…
(ペアでするほうが、シーツ交換は早くてラクです)
他の職員さんたちは
わざと私をひとりにしたり
(私ひとりなのを見て見ぬフリ。
他のボスの手前、手出し出来ない人も)
悲しい職場でしたね。
優しいボスにはホント感謝しかない
たまたま息子さんが
同じ高校の同級生やったので
私を我が子のように接してくれて、
その人は、誰の味方もせんけど
イジメとかはキライ!みたいな一匹狼
なんだけど、
自然と人を惹き付けるような素敵な人
でしたね。
専門用語とか
ケース記録などに使う
漢字1つから手取り足取り教えてくれ
痰がからむの「絡む」とか…😂
(ドンダケー言うくらい知らんかった私💦
日誌の時にかく「KT」(体温の略号)
とかケース記録の書き方とか、
施設によって書き方も違うやろけどな)
そんなして助けてくれる人も
おったので、
なんとか頑張れたんやと思いますね。
他にも沢山あるけれど
長くなるのでこの辺で
最近、あるとき、通院先の大きい病院で
車椅子の畳み方がわからん介助者さんがおって
きっと介護初心者🔰さんやったんだと思います。
ご家族さんを待ち合いの椅子へなんとか移動させ、
とても苦心して、あーでもない
こーでもないと車イスを
畳めんから悩んでたんですね
そういうのを見ると
手助けしたくなる
あーん
そこ違う!
座るとこを引き上げるだけなんやけど~
なんて心で思いながら
もう我慢できん!手伝いにいこか!と
思ったところで
頑張った介助者のかたが自分で出来て
内心ホッとした
みたいなことが
出先では、よくあります(^^)
信号待ちで介助して差し上げたかたも。
そんなとき、感謝してもらうと
あー、ツラいことばかりではなかったなと
思えるのです
(手助けしようとしたら怒るお年寄りも多いです
そのときは凹みます😂💦)
今は車椅子1つにしても改良が重ねられ
義母の車椅子はとても優秀なんやけど
昔のとは違って装置が多く、難しくて(^_^;)
もう私の手にはおえません(^_^;)
全て職員さんに任せで
施設のみなさんさまさまでございます🙏
(もう、昨今の変化で
知ったかぶりできないし
今はプロに任せる←要らんことはしない精神🤭)
長くなるんでいきなり本題へ。
途中になっていた
私の遍歴の続きになりますが
専業主婦になる前は
10数年働いておりました
最初の就活からすでに失敗した私、
初めての面接で舞い上がってしまって
面接官に家族構成を質問され
「父と母と兄と私の…
4人兄妹です」(←あんたとこは両親も兄妹か)
なんて答えてしまって

あっ(゜ロ゜;
と気がついたときには
もう隣の方への質問に回っていたため
(集団面接)
答え直すことも無理で…😢
あとは
ご想像の通りでございます
ずっと就活が上手くいかず
途方にくれていましたら
長いこと習い事をしていたお習字の
先生のご紹介で
田舎によくあるコネ入社なんだけど
井桁マークの企業に就職させてもろて、
(私の苦戦はなんだったんかいな
というくらい、あっさり入社(^_^;)
落ちた企業も同じ井桁マークやのに…
田舎ほど、そんなもん🙈🙊🙉)
でも、損はさせませんよ!と
私なりに頑張りました。
そこでは、
一般事務やら、
役員秘書などを勤め
その後、旦那のいる職場に転職
ここでも役員秘書や
その来客の受付業務
そのあいだで
代表電話の電話交換などの
総務関係、
人事や労務関係の仕事も経て
定時で帰れる、
かなりノホホンとした生活を
しておりました
で、あるときにな、
このままで私、いいのかな?
ダラダラと結婚してもいいんかな?
なんて考えてしまって
(そのくらいお付き合いの時間も長く
のほほんとしとった😅💦)
余暇を利用し、
いろんな
免許やら資格やらを取得したり
(今は、ほとんど役に立ってない?)
今、過去に帰れるなら、
そのままで結婚しても良かったん
じゃない?
と
当時の私には言いたいくらいの
試練をそのあと経験することになります
女ばかりの職場
そう、
特別養護老人ホームです
(当時、男性の介護職員さんは
居ませんでした)
転職した施設は、
もともと
秘書時代に
仕事でお世話していた役員の奥さまの
おつきで
車椅子の掃除ボランティアに
何度も参加させてもらっていた施設
なんですね
そこが求人募集をしていて
年寄りのリハビリのお手伝いで
書道講師も出来るよ~
というお話もあり
(左利きだったので、矯正も兼ねて
長いこと習っていて、
書道師範の免許も取得しとりました)
ボランティアをしているうちに
介護の職場、
どうしてだか
なんだか気になって
それまでの人生、
自分から
ここに行きたい!とか
何かしたい!とか
決めて仕事に着いたことがなかった私。
コネとか友人の親に頼まれてとか
そんなんばかりだったからね
自分ひとりで決めて
この自分を認めて来てほしいと
懇願されたところもそこが初めてで
つい、
働きます!
と言っちゃって(^_^;)
もともとホスピスには
興味があったんだけど、
ちょうど付き合っていた彼氏(今の旦那)
のところにも
大お爺さんやら
大お婆さんやらが当時は同居で
(義母は
田舎に帰るつもりはなかったらしいし
結局、自分に介護とか
まわってきそうやなと予知していて😂)
結婚しても、お年寄り、
もれなくついてくる
みたいな状況が
あって
このままお年寄りを何も知らずに
お嫁に行っていいものかなぁ~
彼氏(旦那)はまだ
結婚に踏ん切りがつかないでいるし
(ややこしい家族構成だったからね~💦)
このまま
離れているけど同じ職場で働くのも
働きヅラいしなぁ(遠距離恋愛)
なんて考えたりもしていた頃
だったんですよね
で、思いきって
転職したんはいいけど…
改めて自分を見つめ直してみようかなと
考えたけれど
見つめ直す時間すらなかったわ
アハハ
書道教えてるときと食事とトイレ
以外は
ずっと24時間交代制の立ち仕事。
仲間外れで
泣きにトイレに行ってたことも
何度もあったわ💧
まぁ、ひとことで言えば
若かった…😅💦
ただひとこと
若気の至り
そんなに簡単なもんじゃないよ!
介護職は!
そして、
女ばかりの地獄の園は…😢
書道も、それまで教えていた同僚の
仕事を奪うことでもあって…
キツイ目で見られることも
モウジゴク
他にも
医学的にも専門的にも
沢山勉強することがあるし
実務の研修も沢山受けました
ベッドから車椅子への移乗1つにしても
キチンとした決まりがあったり
タオルやシーツ1つにしても
決められたかけ方がある。
(もちろん他にも沢山ね)
通信で試験勉強したり
あいだて
夜も昼も、盆も正月もなく
交代制で働きました
人の命を預かるお仕事って
奥が深すぎて…
ごはん粒1つでも
ベッドに落ちてたら
それを敷いた
寝たきりの人には不快なものだとか
いろいろ勉強させてもらいました。
もちろん
人生における大先輩の
その人生の最期にも向き合い
お見送りに立ち合う仕事でしょ
何度も何度もお別れで泣きましたよ
それより何より、ほら、
女の園やん(^_^;)
これが一番しんどかった~😅💦
怨み
妬み
ツラミ…
渦巻くオバチャンからの
仲間外れやイジメ…
オバチャンボス中心の女社会には
いくつものグループがあり
誰にくっつくのが自分のためになるか
そんな選択にも迫られたけど
私、そういうの嫌いなのでね
だから、余計に一匹狼はしんどい
誰にもつかない自分を確立するまでに
2年半くらいかかったわ😂
Σ(゚ロ゚ノ)ノ ヒィー
もし、当時に返れるなら、
冷静に
やめときなはれ
考え直して嫁に行けと
自分を説得するやろなぁ😅
ほんの数年やのに、いろんなことがありました
人間関係においてもだけど
お年寄りのあれやこれ…
もちろんツラくて悲しいことばかりではなく
すごく自分のためにもなったかもと
思えることも沢山あります。
お年寄りには、怖いくらい好かれたしな(笑)
ずいぶん経った今だからこそ
そんな思えますね。
どんだけ自分が甘々で生きてきたんか
どんだけチヤホヤされて生きてきたんか
どんだけ苦労を知らずに生きてきたんか
どんだけ綺麗なもんばかり見てきたんか
そんなことを反省したり勉強させられたり
いっぱいいっぱい味わうこととなりました
(だから、今ひねくれとんか?私💦)
当時のお話は
またいつか気が向いたら…
書けるかなぁ~
今、現在進行形で義母を見ているんで
全て自分に返ってくるようで
今はちょっと書きたくないかな…(^_^;)
でも、ためになったお話は書けるので
また書きますね(^^)
義母の訪問診療があり
驚いたことがありました。
その話の前に
知らないかたもいると思いますので
義母について、お話しますね。
もう、お腹いっぱいのかたもおられるし
気持ちのいいお話とも言い難いので
スルーしていただくか、
下のほうのピンクで書いた
あとがき のみ、ご覧いただいても
と思います。
義母は現在、高齢者住宅のほうで
お世話になっております。
義母は、数年前まで
義姉(独身)と二人きりで他県で
普通に生活しておりました
が
ある日のこと、私たち夫婦が
下の子のところを訪問したついでに
義母のところに立ち寄ったら、
義母本人が
骨折しているのにも気づかないほど
認知症を発症していることに
私が気づいて…
それまででも
あやしいことは沢山あったんだけど
そのたびに
旦那には
こっちに引き取ったほうがいいのでは?
と私は言ったけど
旦那も義姉も動かずで…。
本人(義母)も
私たち夫婦が現在住んでいる、
義母の亡き夫の実家である、
こっちの田舎には絶対に帰りたくない!
と
言い張るもので放置しとりました。
(今となっては、昔のお話だけどね)
当時はコロナ禍で
思うように行き来も出来ていなくて
義姉もフルタイムで働いており
家にいる時間のほうが少なくて
義母にかまっていられなかった?
ようで(^_^;)
義母の変化にも気づきつつも
出来たらスルーしたかったんやろね

休日もお仕事が忙しく、
夜おそくまで
残業もしていたこともあり
もう、さすがに
任せられないなと私も感じて。
このまま
そこには置いとけんなと判断し、
旦那を説得し
こちらの田舎へ引き取ることに。
騙し騙ししながら遠路
車で義母移送作戦が決行され
はじめは騙された!と
義母も怒っていたけれど
すぐ忘れてて(^_^;)
どこにいるのかもわからない状態
なのでね💦
一時期は、義母の家に
介護に通ったりしていた時期もあるけど
慣れぬ家や土地で私、
体調も悪いし、身体は弱いし、
しんどいしで
義母は骨折の通院もあるから、
都会の通院って、ほんと
大変なんよね。
だから
とにかく急いで転院手続きとかして、
こちらの田舎へと引き取ったわけです。
あの頃は、
義母のおうちと田舎とを往来し、
田舎の家を介護用に整えたり
いろんな手配をしたりして
とても忙しかったです💦
当時は旦那も単身赴任中

こちらの田舎にも
お隣さん(旦那の叔母さん←独身)も
同居していて、
義母を引き取ったあとも
私一人で気を遣うことが2倍になり
そんな矢先に、私が持病の
椎間板ヘルニアが介護中に再発😖💥
ショートステイなどを経て、
結局、旦那のコネで
施設へ入所してもらうことになりました。
義母は
当時は、紙パンツをしてるけど
骨折と認知症で
なかなか上手くできない状態で、
トイレに行きたいと
足腰がフラフラなのに
5分おきに歩き出しては
トイレに行こうとするんです💦
今、行ったことも忘れて
同じことを何度も何度も繰り返す
常同行為をするわけです。
昼夜問わず
しんどいから座りたい
座ったらすぐ寝たい
寝たと思ったらすぐ起きたい
ソファーに行きたい
ソファーに行ったと思ったら
すぐベッドに返りたいの…繰り返し💧
おとなしく座っているのは
食事のときだけ💦
昼夜逆転の毎日で、
とにかくフラフラなのに落ち着かない。
まるで1才児のような
手を繋がないと歩けない
こちらが起こしてあげないと座れないし
立てない
そんな状態で
付きっきりで
目の離せない日々でした。
処方してもらった、
睡眠薬も効かず
夜も中途半端な眠剤の覚醒をし
私がウトウトしているあいだに
それを私一人で起こしていて
私、腰をやられました💦
そんな義母の
落ち着かない状態なので
危なくて面倒見れません!と
ショートステイ先でも嫌われて😢
引き取ってくれる施設も
なかなか見つからずで
結局、旦那の関係会社のツテを使っても
老人ホームは断られて、
系列の高齢者住宅へと入所した
というわけです。
でもね、
その義母も
もう何度も
誤嚥性肺炎などで入退院を繰り返し
今は
寝たきりに😢
ただ、悲しいかな
昼夜はやはり逆転したまんま
真夜中に吠えます叫びます
ひたすら人を呼びます
やっぱり
トイレに行きたい
(でも、すでにいつもオシメに
出ておりますけどね)
おそらくですが、
ひとりでポツンとおうちにいた頃
トイレが怪しくなって
失禁などもしたりして
しものことが
不安で不安で仕方なかったんやと
思うんですね。
ひとりでツラかったやろと思います(涙)
こぼしちゃいけないから
いつもいつも
「トイレに行かなきゃ!」って
思っていたんだと思うのです
だから、認知症になっても
その不安はついてきて
寝たきりでも
「トイレに行かなきゃ!」と
誰かを呼んで助けを求めているんだと
私は、そんな思います

とっても悲しいですよね💧
私も介護の仕事をしていたので
寄り添ってあげられたらと
思って引き取り頑張ってみましたが
これが仕事なら帰って寝ることも可能で
なんとかなりますが
実際の介護となると
ましてや、こんなに身体が弱いと
お隣さんのこともありますし
お互いが、
そう夜中に眠れない
自分のことを何もできない
お風呂にもトイレにもなかなか入れない
それが続くとなると
本当に
しんどいんですよね
もともと、義母にとっては
ツラい思い出しかないこちら田舎の
嫁ぎ先なので
(義母本人から、何度も
ツラかった頃の話を聞きました

)
お義母さんには、帰る場所もない。
そこに帰してしまっているという
悲しさとかもあったりして、
だから、お隣さんに対しても
私、気を遣いました。
お隣さんにとっては
嫁がずにいる、この田舎が
実家ですからね。
心も身体もズタボロになりながら
結局、私は、
旦那に泣いて懇願することに
なりました😢💧
私一人では無理です!と。
そして、いろいろあって
現在に至ります。
もちろん、旦那も義姉も
仕事を休んだり
土日は寝ずの番を代わってくれたりと
いろいろ、してはくれましたよ。
義母は今、誤嚥の恐れがあるので
もう固形物は食べられません
歯はしっかりしているのに
気の毒です。
エンシュアという飲み物に
トロミをつけて、それを飲み
生きている感じです
その飲み物も今は400kcal程度しか
1日とれてなくて
食欲ももう落ちていますけれど
それが…なんでか
やっぱり よなかは
叫ぶのだそうです
だれか~
だれか~
って。
最近の訪問診療のときに
そんな話で…
まだやってたんだ!と驚いてしまい…
だって、もうしんどいかなぁって
正直、思ってたから。
もうね、
その話を聞くと
ただただ
ただただ
当時のうちにいた頃のことを思い出し
悲しいし
ツラいし
義母のことを思うと
気の毒でしんどくなります
それでも
頑張って生きてるんだよね
私、何をしてあげたら
いいんだろう…
毎日、毎日、
来てはいけない日のことを思いながら
いかん、いかんと悲しくなっては
施設からのスマホの呼び出しに
敏感になり…
気を取り直して…
何度も何度も
しっかりせねばと気持ちを立て直し…
そんな生活をしております
もう何度もアカンかなと覚悟を決めているけど
そのたびに復活する義母の生命力って
ほんとにスゴくて!
またこの最近は、エンシュアも飲めるように
なってきてます
そして、よなかも
ちゃんと叫んでるとのことで
まだまだきっと大丈夫やわ!と
昨夜も旦那と話をしておりました
お義母さん、がんばれ✊‼️
私も頑張る😆👍️

