Chinaでは、天安門事件は「存在しなかったこと」にされている。
これは歴史解釈の違いなどという生易しい話ではない。
国家ぐるみの記憶抹消、露骨な情報統制、そして暴力的な歴史改竄である。
その証拠に、天安門事件を記録した映像や証言がネットに現れた瞬間、
China政府は即座に削除し、遮断し、沈黙させる。
恐れているのだ。事実そのものを。
さらに問題なのは、日本国内においてさえ、この事実を
「触れてはいけないもの」として消そうとする勢力が存在することだ。
言論の自由を標榜する国で、なぜ独裁国家のタブーを自主規制する
必要があるのか。
一方で、天安門事件のような実際に世界が目撃した流血の弾圧は
徹底的に隠蔽されるにもかかわらず、
歴史的検証が激しく争われている南京事件については、国家的記念日
や巨大な記念館を建て、反日感情を煽る政治運動の道具として利用されている。
この強烈なダブルスタンダードに、疑問を抱かない方がおかしい。
さらに皮肉なのは、当時の本当の中国総統蒋介石ですら
「南京虐殺など聞いたことない」と言ったのです。
それはそうです。当時南京は人口20万といわれていました。
それなのに、Chinaは30万人の虐殺と言っています。
どうやって、その数字が出てくるのでしょう。
史実としては、南京が陥落し日本軍が占領して、人口が増えたと言われています。
南京虐殺の真実は、日本軍が南京に入城すると聞いた共産党軍が列車で逃げるのに、民間人が乗っているのを虐殺したのを日本軍のせいにしたのを、南京虐殺と嘘を広めたのが真実。
China らしい嘘の塊。
時を経て政治的必要性のために「絶対的歴史的事実」として再構築されている点である。
天安門市民虐殺のことから、国際社会から非難を浴びていた中国を、
当時、日本だけが外交的に庇った事実があった。
南京事件の記念館建設を提案したのが日本の政治家であったという事実も、
歴史を直視するとは、事実を無条件に飲み込むことではない。
誰が、何のために、どの歴史を、どう利用しているのかを問い続けることだ。
その問いを封じる者こそが、最も歴史を恐れているのである。
日本だけが外交的に庇った。その結果がどうだったか。
感謝ではなく、敵意と歴史攻撃として返ってきているのです。
ChinaやKoreaには感謝とか信頼とかは通用しません。
恩を仇で返すのです。
日本人はいい鴨なのです。
また、Koreaの慰安婦問題や強制連行問題においても同じで、
火をつけ、煽り、国際問題へと拡大させたのは、Chinaも同じなのです。
日本国内の一部メディアや政治家が、事実確認よりもイデオロギーを優先し、
国外の政治勢力に格好の攻撃材料を与えてきたのだ。
朝日新聞とか福島瑞穂とか池上彰などが反日プロパガンダを振りまいているのです。
