あっという間に今年も10日が過ぎてしまった。 書くことはたくさんあるのですが、うまくまとめることができません。そこで昨年、政治活動開始のために急きょまとめた文章がありますのでそれを載せておきます。かなり粗削りなものであることは間違いありませんが、小生の考え方の方向性は少なくとも明らかに表れていると思います。お時間ある方はお読みください。
経済
かつて、「官から民へ」というスローガンの下、公益事業の民営化が遂行されました。その前提として語られたのが、経費削減、効率化という市場社会の要請をそのまま公的機関にも適用していくことを良しとする、いわゆる<小さな政府>の考え方です。
しかし、小さな政府は、必ずしも自由で安価な政府を意味しません。小さな政府は、強力な政府を要求するからであります。小さな政府は、過度の競争を招き、貧富を拡大させ、国民を格差社会に導くことにより、結果的に社会を分断させてしまっています。そしてこれによって生じる、秩序、治安の悪化を防ぐためには広範な監視活動にとどまらず、警察力をはじめとする強力な強制力を必要とするのです。これは自由な社会に対する重大な脅威となりかねません。また、そのための費用は一般に想像されるより、遥かに肥大化する可能性が高いと考えられるのです。とりわけ費用の点に関して言えば、小さな政府という名目にもかかわらず、実際は、いわゆる既得権益層の勢力維持の為に莫大な費用が使われていることは東京電力の例を挙げるまでもなく、今や自明の事実であります。この点から見ましても小さな政府が安上がりな政府であるということは、現実とまったくかけ離れているということは明白であると思います。
これに対し、福祉政策の充実を基本とする<大きな政府>を推奨する考え方があります。大きな政府は、確かに多額の費用を必要とすることは間違いありません。しかし、所得に対する応分の負担を求めることは公正・公平な要請であり決して不都合を強要するものではありません。そして、適切な所得の再分配の実施により、経済的、社会的格差が適度に是正され、構成員の協調性、連帯感が増進し、強制力なき社会統合が可能になると考えられます。そして、秩序維持の要請に対しても必然的に緩やかな権力で足り、強力な強制力維持のための費用は比較的に少なくて済むことになると考えられます。
こう考えますと、小さな政府であれ、大きな政府であれ、その費用のかけどころは異なりますが、いずれにしろ、多額の費用負担が伴うことに大差はないと思われます。そうであるならば、強力な権力維持のためにそれを費やすよりも、多くの国民の福利を実現するために幅広く利用したほうが最大多数の最大幸福という公益実現にとって、はるかに有益かつ健全ではないでしょうか。<努力したものが報われる社会>という小さな政府を推奨するためのスローガンに対しては、市場による所得の分配は必ずしも公平を導かず、努力しても報われないことが多いというのが経験上の真実であります。つまり、個人の努力というようなパーソナルな事情には還元できない資本主義社会の構造にかかわる問題が大きく関わっていると考えるべき事柄なのです。
ただ、大きな政府による福祉政策の実施といってもかつてのような現金給付を中心とした中央集権による官僚統制型の行政運営ではなく、地方分権を生かした、現物給付、対人的行政サービス中心の、民主的決定を核とした住民参加型の行政活動に変換していく必要があると考えます。従来のような官僚依存型の政府では、福祉国家の最大の欠点である財政の無駄を繰り返すだけであることは明白だからであります。これに対し、財政運営の中心を地方行政に委ねることは本当に必要な行政需要についてきめ細やかな対応を可能にしますし、その規模からしても住民参加型の行政運営を容易に推進させることができるようになると考えます。
そもそも、福祉国家を大きな政府と表現することが誤解を招くのであって、地方政府を生かした分権型社会においては、これは、<適度な政府>と理解するのが適切でしょう。