「 母さん、入院する事になったから… 」
久しぶりに聞いた姉の声は かすかにうわずっているようだった。
一月二日(木) 八時二十九分
全く予想だにしていなかった事態を告げる電話が、この日の俺の目覚ましだった。
1. …の王様? ( King of Canser ? )
元日の夜に腹痛を訴えていた母が気になって、明け方に様子を見に行ったところ、治まるどころか背中まで痛み出したと言うではないか。
その痛がり方が尋常でなかったので救急車を呼んだのだと姉は言葉を続けた。
混乱した。
起きぬけのせいか頭もうまく回らない。
情けない話だが、電話越しに伝わっていたであろう俺の狼狽振りに、逆に落ち着きを取り戻した姉からの指示は『 寝てなさい 』…だった。
つまりは、こういうことだ。
腹痛の原因を特定するべく検査が始まったばかりだし、これから かなりの長丁場になりそうだから、交代で休める時に休んでおこう。
入院手続きも済んだし、今は来てもやることは無いから、結果が出て連絡するまで休んでおくようにと。
電話を切る頃には回り出した頭が出した結論は言わずもがな…
『 今は休んでおくんだ。とにかく無理矢理にでも! 』ということだけだった。
二度目の電話は、昼過ぎに鳴った。
俺の家から ほど近い救急病院に空きがあったので、そこを指名して搬送してもらったからと、姉。
…流石の手際である。
とはいえ、世間は正月気分の真っ只中だ。
仕方がない事だけれども、消化器系の専門医が夜までいない為に、専門外の当番医がその場しのぎにレントゲンを撮っただけ…と、検査は遅々として進んでいなかった。
運が良いのか、悪いのか…?
現実を呪っても気が滅入るだけ、思考も停滞してしまう。
「 正月で姉貴が母さんのところに来てただけでもラッキーだったよ。これが普段だったら取り返しのつかない事になってたかもしれないから… 」
全然そんな気分でもないくせに、吃驚するくらい前向きな科白を吐いている自分がいた。
こんな時でも…
つくづく俺はウソつきだ。
「 膵炎(すいえん)…? 」
触診とレントゲン結果から、ただし、そのレントゲンも、母が造影剤を嫌がったので細部までの特定が出来ず、あくまでも推測される病名という事らしかった。
病院に着くと、担当医を名乗る医師から そう説明があり、さらに消化器系の専門医に早出の呼び出しを続けている事。また、到着次第すぐ診断に掛かれるようにエコー検査を行った事など、ここまでの経過についての話が続いた。
膵臓って確か…
ガンの発症が一番発見されにくい事で沈黙の臓器と呼ばれてるんじゃ!?
まさか??????
頭の中が、悪い方へ悪い方へ傾いていく。
( ウソつきなんだろ。 なら、まず自分から騙さにゃ… )
「 よし !!! 」
自らの頬をはたいて気合を入れると、俺は病室に向かった。
2. 事は 一刻を争う… ( Bubble gum Crisis )
ええと、、、……534号室、ここか。
( たしか、個室だって言ってたよな )
「 入るよ。 」
!
点滴の管に繋がれ、身体を く の字に曲げてベッドに横たわる母の姿が、目に飛び込んできた。
顔を歪め、痛みを必死に堪えている母親に、作った笑顔は凍りつき 立ちつくす事しか出来なかった。
「 ごめんね。驚かせちゃって。」
振り絞って出しただろう 母の声に、ハッと 我に返る。 悔しいが 掛ける言葉が見当たらない。
「 大丈夫。先刻、痛み止めを処方してもらったから、直に効いてくるハズ… 」
気の利いた科白も浮かばず、それでも言葉を探しているこちらを察してか、言葉を続けた母だったが、その語尾は 扉をノックする音に消されていた。
入ってきたのは、両手に買物袋を下げた姉と、先程の担当医だった。
担当医は、良い知らせをふたつ運んできた。
MRIの使用許可が下りたので、もし検査を希望するのであれば、さらに病巣に迫れるだろうという事。
そして、消化器系の医師が十八時頃に到着するので、これから MRI検査をした場合 出てきた画像を、そのまますぐ診てもらえるという事。
考えるまでもなかった。
唯一、レントゲンに比べて検査に長い時間がかかる為、痛みによる母の消耗具合が心配だったが、
この説明の間にも 痛み止めが効いてきたのか、だいぶ楽になったという母の言葉が決断を後押ししたからだ。
家族の総意を伝えると、担当医は すぐに準備にかかると言い残し、足早に病室を出て行った。
(消化器系の医師が十八時…、それから MRIの画像診断に少なくとも一時間ってトコか?)
うっすら光明が見えてきたからか、クモの巣が張っていた脳みそが、あたかもソレを吹き飛ばすかのように回転を上げて、これからのスケジュールを埋めていった。
g,,ggg,ggg,,,,gggggggggggggggggg,,,,,,,,,,
?
静かだった病室で、確実に大きくなっていく音のする方に顔を向けた俺に、ずっと母のベッドの傍にいた姉が…
「 いびき…よ。」
と つぶやくと、眠った母に安堵したのか、近くにあったソファーに、力なく身を沈めた。
姉の疲労も そうとうなモノだ。
無理もない。
日も昇っていない明け方に救急車を呼び、搬送指示から入院手続き、おまけに必要品の買い出しまで…
(母さんも眠ったし、MRIはまだ先で、差し詰め やる事も無い。 と、なれば…)
「 さ、選手交代。 はい コレ、うちの スペアキー。
布団出しといたから 休んだ。休んだ。
あ、しこたま カレー作ってあるから、それでよければ食べてくれ。
じゃ、十九時に再集合ってことで よろしく!」
半ば強引に送り出した 姉の背中を見つめながら…
(ありがとな。姉ちゃん)
その一言が言えない、なんとも不甲斐ない俺だった。
病室に戻り、改めて母に近づくと、いびきは静かな寝息に変わっていた。
痛み止めに含まれている睡眠導入剤も効いているのだろう。 病室で初めて見た時とは うって変わった穏やかな寝顔に、緊張の糸が解けていく。
これで少しでも体力が回復してくれれば…
無意識のうちに 俺は母の手を握っていた。
何年、いや、何十年振りだろう。 こうして母親の手を握るのは…
根拠なんて無いさ。 ただの気休めだと、笑わば 笑え。
想いは力に変わる…、そう信じて 俺は、母の手を握り続けた。
ノックの音がして、看護師さんが二人 入ってきた。
(ん! 早くないか?)
急いで時計を見ると、驚いた事に とっくに十七時を回っていた。
「 痛み止め、役に立ちましたね。 よく眠っていらっしゃる。 折角だから ギリギリまで寝かせてあげましょう。」
そう話す看護師さんの指示で、車椅子の準備をしていた もう一人の看護師さんが、母の腕に繋いである点滴の管を外した。
三十分後、起こさずとも目を覚ました母を乗せた車椅子を見送り…
一時間後、母を乗せた車椅子が戻ってきた。 三人の医師と共に。
「 やはり MRIをやってみて正解でした。 病巣は 膵臓ではなく、胆嚢(たんのう)です。」
担当医が連れてきたのは、消化器系の医師と外科医だった。
簡単な紹介の後、消化器系の医師の所見が始まった。
胆嚢とは、肝臓の下辺りにある胆汁(たんじゅう)を溜めておく為の器官で、胆管と呼ばれる細い管で、肝臓と十二指腸にそれぞれ接続している。
肝臓に へばりつくような形で納まっていて、ほぼ動く事はないというのが一般的であるらしい。
「 お母様は、胆嚢が宙ぶらりんという 数万人に一人いるかいないかの症例でした。
最初に膵炎だと思われたのは、触診の際に膵臓の辺りで お母様が痛みをうったえられた事と、造影剤なしのレントゲンに写った影が、炎症を起こしているようにも見えたからでした。
この、レントゲンに写っていた影が、宙ぶらりんの為に胆管がねじれを起こし、行き場のなくなった胆汁が留まり続けたが故に肥大してしまった胆嚢だったのです。
激痛は、膨らんだ胆嚢が膵臓及び、他の臓器を圧迫している事によって生じているとみて間違いないでしょう。」
急性胆嚢炎、胆嚢捻転の疑い …これが、母に告げられた病名であった。
「 緊急に手術が必要です。」
これまで言葉を発する事のなかった 外科医が、静かに口を開いた。
「 そんなに悪い状態なんですか!?」
いつ来たのか、姉が よろけるように病室に入ってきた。
「 い、いえ、特に腫瘍が確認されたわけでもありませんし、術式も さほど難しいものではありません。」
姉の剣幕に気圧されたのか、外科医は、早口で そう付け加えた。
「 ただ時間が… 」
一呼吸おいて、平静に戻った外科医が、再び 話し始めた。
「 風船ガムを膨らまし続けると破れてしまうように…
肥大した胆嚢は、やがて破裂してしまいます。
もしも、胆嚢が破裂した場合、深刻な事態になるからです。
胆嚢に限らず、人体の下の方に位置している臓器は、心臓や肺のようにきれいな臓器ではないのです。
特に雑菌だらけの腸周辺に 破裂した胆嚢から胆汁が撒き散らされれば、感染症を引き起こしかねません。
結論を申しますと…
現在、それこそ いつ破裂してもおかしくない位、膨れ上がってしまっている胆嚢を、一刻も早く摘出すべきだと判断致します。
お母様とご家族の同意が頂けるのであれば、すぐにでも 手術に入りたいと考えますが… 」
『 破裂? 摘出? 』 と 聞いて、固まった俺と姉の様子に気付いた 担当医が、外科医の言葉を制した。
「 何か質問等があれば… 」
ややあって、担当医から問いかけがあった。
『 摘出 』 を、何度も何度も反芻しながら
「 そう…するしか…ないんですよね?
浅学でお恥ずかしいのですが、胆嚢って、摘出しても大丈夫なのですか?
摘出となると、術式は やはり開腹して…、と、いう事でしょうか?
それから、ええと、、、etc... 」
思いつく限りを、矢継ぎ早に 俺は、医師たちに ぶつけていた。
消:「 胆嚢は胆汁を留めておくためだけの器官ですので、摘出しても、なんら問題はありません。」
外: 「 いえ、極力 身体に負担のかからない、腹腔鏡(ふくくうきょう)下摘出術を採用致します。
腹部に、器具を入れるための穴を三か所と、へそ下を少しばかり切開するだけです。 術後の傷の塞がりも、開腹より はるかに早いです。
ただ、傷痕は 数ヶ所に分散して残ってしまいますが… 」
熱意は伝染する。
俺: 「 胆嚢を摘出した後遺症はどうなんです? その後の生活に支障をきたすような事は無いのですか?
それと、合併症が起こるとしたら、どのくらいの確率なんでしょうか?」
担: 「 胆嚢を摘出した事で、日常生活に支障をきたすケースは無いと言っていいでしょう。
ただ、……… 」
俺: 「 ただ、何です?」
担: 「 合併症の発生確率は… 」
俺: 「 発生確率は?」
担: 「 0か100です。」
医師たちは、どんな質問に対しても、丁寧に、そして 全てを包み隠さず答えてくれた。
合併症の件だけが気掛かりではあったが、 …もう、充分だった。
この人(医師)たち…なら、お任せ出来る。 そう思った。
なら、やるべき事は ひとつ。
この やりとりを不安げに見つめていた 母親に、手術に向かう勇気を与える事。
(一世一代の大仕事ってヤツを、さ)
「 手術っていっても、麻酔で眠ってる間に、その… ふく、ふくぅ、ふきゅきゅう… 」
「「「 ふ・く・く・う・きょう 」」」
医師三人から、一斉にツッコミが入った。
「 そう、それだ(笑)。 お腹を ちょっぴり切るだけだから、大丈夫だよ。」
今度は、作らずとも笑顔になれた。 別の意味で、ここ一番に強い 俺だった(笑←苦の方)。
「 また 元気になれるなら、頑張って(手術)受けるよ。」
…と、母。
「 頑張る必要なんか無いんだって。 すっかり治って、美味しいものを食べてる夢でも見てさ…
次に 目が覚めたら、元気になってるに決まってるだろ。」
…と、俺。
一瞬、母の笑い声が聞こえた気がした。
「 よろしくお願い致します。」
母は、医師たちの方に向き直り、自ら意向を伝えた。
手術は、二十一時開始。 …と、決まった。
3. 俺の中の、俺たち… ( Burning Blood ...type-AB )
あと、二時間…か。
手術が決まった事で、母は内科病棟(東棟)から、外科病棟(西棟)に移る事になった。
慌ただしく移動が行われ、新しい病室 504号室では、先に着ていた麻酔科医が、我々を出迎えてくれた。
この先生、今どき滅多に お目に掛かれない熱血漢で、手術時の麻酔に関する ひと通りの説明を終えると、
「 これから手術を受けるのは お母様おひとりですが、病気は、ここにいる 皆さんで闘うのですから、何も恐れる事は ありません。
勿論、私も闘わせて頂きます。 一緒に病気を倒しましょう!」
母、俺、姉の順に 握手しながら、そう言って 病室を出て行った。
うれしかった。
ホントに うれしかった。
実生活で こんな感動に出会う事なんて、無いよ。
目頭が熱くなり、下を向いたら 泣いてしまいそうだった。
誰も喋ろうとは せず、暫くの沈黙が続いた。
ただ、場を包んでいた あの、暗く重苦しい雰囲気は消えていた。
この手術は、きっと うまくいく。
俺は、そう 確信していた。
「 お願いが あるんだけど… 」
新しいベッドに 横になっていた母が、姉の介添えで半身を起こしながら、俺を呼んだ。
「 ずっと寝てたせいで 髪がボサボサなのに、金属は外すように言われたから ピンが つけられないでしょ。
だから、髪止め用のゴムを買ってきてほしいのよ。
それに…
こんな みっともないカッコじゃ、手術して下さる先生にも失礼だしね。」
先程、傷痕が残ると言われて 母が悲しそうな顔をしたのを、俺は見逃さなかった。
で、この科白だ。
幾つ歳を取ろうが、如何なる時も、女性である事を忘れないでいる、この母を 尊敬する。
(敵わないよな。全く…)
「 分かった。 まだ時間あるし、ついでに 何か腹にいれてくるわ。
…って、カレーだけど(笑)。」
そんな気持ちを読まれないよう… すこしだけ、おどける 俺だった。
だが、家に戻る 本当の目的は、別にあった。
五年前…
父が逝った後、俺は 居間の一角に 遺影を飾り、香炉とリンを置くスペースを設けた。
頻繁に 墓参りに行けるわけでなし、せめて、線香ぐらい 毎日…。 と、思い立っての事だった。
途中、ドラッグストアで買い物を済ませた俺は、家に着くと、真っ先に 居間に向かった。
B: 『 おい。 』
A: 『 …。 』
B: 『 なぁ、おい、ってば。 』
A: 『 引っ込んでろよ。 』
B: 『 苦しい時の 神頼み…ならぬ、親父頼みってヤツか?
よせよせ。 止めとけよ。 』
A: 『 黙ってろ !!! 』
B: 『 ! 』
A: 『 0か100…なんだぞ!
難しくない手術って言ったって、胆嚢が破裂しちまったら !?
いや、こうしてる間にも…
感染症が起こったら、…すべてパァじゃねぇか! 』
B: 『 で、おまえは それを 誰に頼むって? 』
A: 『 分かってるだろ、オマエだって! 父さ…ん…… ぁ ! 』
B: 『 遅ぇよ。 ったく、熱くなると 他が見えなくなるんだからよ。 』
居間に入り、父の前に正座し 線香に火を点けた。
「 そうだった。 五年だもんな… 親父だって、… ……、母さんに あいたい…よな。 」
何故か、涙が溢れた。
喜怒哀楽の どれにも属さない、初めての感情…
理解不能の領域に、俺は思考を止めた。
嗚咽し、ただ… ただ 泣いた。
服を濡らした涙の冷たさに、 …どれだけ泣いていたのか、香炉の線香は 灰に変わっていた。
「 親父…、 その、、、ごめん(笑)。 」
抑えていた感情が解放されたからか、不思議と すっきりしていた俺は、涙を拭った。
A: 『 ざまぁないな。 危うく 勝手な頼み事をするところだった。
普段、オマエに(偉そう)ぶってるのに、肝心なところが抜けてやがった。
…なっちゃいないよな、おれは。 』
B: 『 (笑) だから、オレがいるんだろ。 』
AB: (笑) 『 … 』 (笑)
「 なあ、親父… 俺は、母さんを助けてくれとは言わないよ。
でもさ。
生きるために病気と闘うって決めた母さんを、姉貴や俺と一緒に 応援してくれないか? 」
AB: 『 行くぞ !!! 』
疲れで 丸くなっていた背中が、しゃんと した。
夜の病院は、なんともいえぬ独特な雰囲気を醸していた。
真っ暗な玄関を過ぎて裏に回ると、一ヶ所だけ 灯りが煌煌としている夜間搬入口が見えた。
「 面会時間 終わってますが、どちらへ? 」
中に入るや、詰所にいた職員に呼び止められた。
「 外科病棟 504号室の患者の身内です。 …二十一時から手術なので。 」
目的を告げると、職員は 何かを持って詰所から出てきた。
「 そうでしたか。 では、コレをお持ち下さい。 」
渡されたのは、夜間用の 面会許可証だった。
手術は定刻通り、二十一時開始。
麻酔が効いてくるまでに、およそ三十分。何事も無ければ、それから二時間程度、深夜零時になる前には終わるだろうとの事だった。
(何事も無ければ… ねえ)
若干、引っかかったが
姉に、髪を整えてもらっていた 母の
「 じゃ、いい夢 みてくるね(笑)。 」
その一言で、俺も、姉にも、笑みがこぼれた。
「 いってらっしゃい。 」
そう言って、手術室に 母を送り出してから、ニ時間と少し…
小走りの足音が だんだん大きくなり、待合所に、笑顔の看護師さんが飛び込んできた。
「 手術は、無事 終わりましたよ! 」
(笑) 『 勝った !!! 』 (笑)
面会許可証を握ったままの拳を額に翳して 涙を隠しながら、俺は 喜びを噛みしめた。
一月三日(金) 零時一分
長い 長い、一日が 終わった。
4. 蒼穹 ( Maybe... better choice )
「 ただいま。 」
俺は 再び、父の前にいた。
(何を話そう…)
術後に受けた、外科医の説明を思い出していた。
「 胆嚢摘出に関しては、これまでに十数回の執刀経験がありますが、私自身 こんなにまで大きく膨らんだ状態の胆嚢は 初めて見ました。
破裂しなかったのは、本当に 運が良かった…、としか 言いようがありません。 」
外科医は、一旦 言葉を切ると、ガーゼに包まれた物体を取り出した。
「 摘出した胆嚢です。 ご覧になられますか? 」
是非とも お願いします… 俺の返答に、恭(うやうや)しく ガーゼが解かれると、シャーレに納められた胆嚢が現れた。
溜まっていた胆汁が抜け、本来の大きさに戻った胆嚢は、母の命を繋ぎとめてくれた最大の功労者と名前を変え、その役目を永遠に終えたのだった。
「 ありがとう。 」
それ以外の言葉は、今は 出てこなかった。
汗を流して自室に戻ると、昼間 敷きっ放しで出かけたままの布団に倒れこんだ。
まどろみの中で、父から託されていた 或る事を思い出していた。
やがて それは夢と溶けあい、俺は、そのまま 眠りに落ちていった。
それからの母の回復は 目覚ましく、リハビリも順調に進んでいった。
まだ、笑うと、傷口が 少し響くクセに
「 生きてる証拠よ。 」 …と、お構いなしに笑う 母だった。
「 術後の経過も良好ですし、とりあえずは、合併症の危険は無いと言っていいでしょう。
暫くの間 通院して頂く事が条件となりますが、外来の診断に切り替えて良いと判断致します。 」
そう 告げた、外科医も また、笑顔だった。
(それって、もしかして…?)
俺達 家族が、待っていた知らせ…
一月九日(木)
母の退院が 決まった。
…あの夜、言えなかった言葉と 思い出した仕事、、、
(もしかして… だけど)
父が、母との時間を遺してくれたのだと、俺には思えた。
『 親父、解ったよ… 』
それは、一緒に過ごす時間では なく、
別離(わか)れの覚悟を決める為の猶予なのだ。
!

今、確かに、父が 微笑んでいた。
退院手続きと支払いを済ませて戻ると、母は、すでに 身支度を終えていた。
「 あのさ、母さん。
もし、その、良かったら なんだけど………
母が 見せた笑顔は、今日の空のように 晴れやかだった。
( Fin )
2014-07-07 19:00:00 脱稿
不本意ながらグダグダにしてしまったシーズン3ですが、言い訳をさせてもらえるなら、それはひとえに僕の人生観が変わってしまったからなのかもしれません。
それも、この約二年の間に起きた ふたつの出来事で…
二年前の、命を拾った誕生日が ひとつめ。
そして、次の記事で もうひとつの出来事を書きたいと思っています。
ただ、僕の中でコレを書くべきなのか…の、問いかけが今なおも続いており、書いては消しを繰り返している状況です。
そんな中で出た結論が、試験的な試みですが ちょっとずつ書いて ちょっとずつ足していこう …という事でした。
おそらくは、書き上げる時間もですが、当休憩所史上最長の記事になるでしょう。
とりあえず書けているところまでを、一回目分として手直しをして ニ、三日中に更新の予定です。
続きも書くつもりではおりますが、迷いが完全に晴れる事は無いと思うので、途中で筆を置く…、もしくは、記事自体を下げるかもしれません。
その事につきましては、記事の内容から理由を察して頂ければ幸いです。
- 以上 -
追伸:
本日 二月十五日現在、母は元気です。
これだけは忘れずに言っとかないとね(笑)。

