ヒューマンテック前田のブログ
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学院長観察日記

2008513()

 ブログ初回の8()に、「坂上学院長、汗を拭きながら原宿校到着。」と書いたのに、昨日今日は寒いくらいだ。午前中外回りをしていた学院長は「朝、家を出るとき、コートを着ていこうかと迷った」と言っていた。学院長と私はオフィス(+教室)のベランダに出て話すこともあるのだが、ジャケットを着ていないとちょっと大変。

 例えば、昨日今日の気温は「4月上旬の気温」と表現されている。つまり、「513日から4月上旬を見ているので、寒い」のだが、これが「2月・3月から4月上旬を見れば、暖かい」となる。同じ「4月上旬の気温」なのに、その4月上旬を見ている時期が違うことで、暖かくもなり、寒くもなるのって不思議だなと思いました。すいません、それだけです。

 学院長とはいろいろな話をするのだが、「おじさんズ・トーク」になることもある(そういえば、女性はいくつになっても「ガールズ・トーク」って言いますよね。不思議)。話の内容は書けないが、例えば学院長はほとんどテレビを見ないので(弊社では日経はとっています)、船○吉○の「ささやき女将」の話をしたら、爆笑していました。私はテレビが大好きなので、ほぼ毎日楽しみにしている番組がある。でもテレビを見ない人って、テレビを見る人と、当たり前だけどものの見方とか考え方は違ってくるんだろうと思う。学院長が件(くだん)の女将の話を聞いて笑ったのは、テレビが面白いからではなく、女将のキャラクターやその組織の体質についての情報を私から伝聞で取り入れて、「想像した」からだろう。

 夕方は、学院長からチケットをもらってある講演会へ参加。講演者、参加者、司会者や会場の雰囲気を観察して、「あぁ、こういう世界もあるんだ」とちょっとびっくりした。でも面白かった。

学院長観察日記

2008512()

 9()の続きです。

 大人に見守られながら(言い方を換えると「監視されて」)育つ子どもたちは知恵をつける。「大人の目を盗んで…」というものなのだが、みなさんにも覚えがあるのではないだろうか。でも、思い返してみると、その知恵というのは、大人から見るとかわいいものだったように思う。具体的に何をやっているかはわからなくても、「ははぁん、なんかやってるな」という感じで、大人(親)は見透かしていたようだ。それを承知の上で、でも、絶対に越えてはならない線だけは越えないように見守りながら、子どもたちを遊ばせていたように思う。

最近は、越えてはならない線を越えてから、子どもたちが何を考え何をしたかがわかるようになってしまった。最近流行りの表現を借りれば「親力(おやりょく? おやぢから?)」が減退したとでも言おうか。

 学院長が育った地域を、今の私から想像してみると、子どもは大人が寄ってたかって育てるものという感じだったのではないか。たぶん、当時の大人にとってはそうするのが当たり前・普通のことで、それを意識してやっていたかというとそうではないだろう。「情けは人のためならず」、「持ちつ持たれつ」「お互い様」という考えは、「だれかは分からないが、自分の子どもを助けてくれる大人が世の中にはいる」という安心感と、「誰の子かは知らないが、困っている子を見たら私が助けるのが当たり前だ」という大人の自覚によって支えられていたのかもしれないなと思う。それに「うちの子のことは、親である私が一番良く分かっている」とも思っていなかったのだろうと思う。「もしかしたら隣の八百屋の親父が、俺・私の知らないことを知っているかもしれない」。だから、子どもは大人がみんなで育てたのだ。

学院長観察日記

200859()

 学院長の生まれ育った「地域」は、商店街だそうだ。子どもたちにとっては、安全でもあり、同時にいたずらのしにくい場所だ。「○○さんちの△△ちゃん、さっき駄菓子屋で遊んでたわよ」などという情報が、すぐに親の耳に入る。何食わぬ顔をして家に帰った子どもは「あなた、駄菓子屋で遊んでたでしょ!?」という鬼のような顔をした親に出迎えられる。

 一方で、大人は、困っている子どもがいれば、「うちの子」「よその子」という区別なく、助けてあげたのだ。また、季節の食べものを近所で分け合えば、そのお返しを今度はうちから、といった光景が当たり前だったそうだ。

 私自身は、市街へ向かうバスが30分に1本しかないという田舎で育ったので、商店街と同様に、うわさの伝達速度は速かった。でも、小学校の登下校には、すれ違う人たちと、「いってらっしゃい」「いってきます」、「ただいま」「おかえりなさい」という挨拶が交わされていたことを思い出す。

 ところが学院長の今の住まいの「近所」は、学院長が生まれ育った「近所」とはまったく別のものらしい。学院長は引越しの挨拶回りをしながら、小さなクッキーを配ったそうだ。ところがその後、「近所」「から「一切、リアクションというか返事がない」のだそうだ。学院長は「別に何かお返しがほしいわけじゃない。なんかものもらったら、お返ししようって思わないっていうのが、僕の生まれ育った環境からすると、全然わからない。すごくびっくりした」と話した。

 本当に悲しい事件が相次いでいる。高校生とはいえ、子どもは子ども。今までは困ったときに助けてくれたはずの大人が、安全な人なのか、危険な人なのか見分けがつかなくなってしまった。

 みなさんのまわりには、「地域」とか「ご近所」ってありますか?