桜の木を植えよう

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ゾウとネコの厄介な問答です。

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こんにちは。

素直さの難しさというタイトルですが、これだけ見ても漠然としていて、何のことやらさっぱりって感じだと思います。

そこでこのタイトルの意味を限定しておこうと思います。

ここでいう素直さというのは、「指摘」に対する素直さを意味します。

先生から、君の文章のここを直したがいいよ。
友人から、君の性格のここを直したがいいよ。
恋人から、君の癖のここを直したがいいよ。

とかいう場面を想定しています。

素直さの意味が限定されました。

ここで、あぁ、難しさというのは、間違いを受け入れられないことか!といった風に解釈してはいけません。
今回は、
間違いを受け入れられないことが難しいという意味のお話ではありません。

間違いを受け入れ、正さなければならないといったことが分かっているのに、素直さに欠ける場合があるというのをお話したいのです。

前置きが長くなりました。

アメリカの心理学者、アブラハム・マズロー(Abraham Harold Maslow)の人間の5段階欲求によれば、自己実現の欲求は最上位の欲求であるとしています。
彼の考えを借りるならば、人は誰しも成長したいと考えているということになります。

成長するということは、学ぶということを切り離しては考えられません。

学ぶという言葉の意味は、「まねぶ」すなわち、真似ることからきているといわれています。
先人の生き方、考え方を真似ることは、成長する上で欠かせません。

そこで、人は、先生や友人、恋人などの自分の師となる者からの指摘に対して、素直に修正をすることが、成長への近道であるといえます。

しかし、このことを理解できており、修正しても修正出来ていない人がいることに気づきました。
この人たちは、素直に修正することを試みているにもかかわらず、素直ではないとさらに指摘を受けているのです。

何が起こっているのでしょうか。

ここで、起こっている現象は、指摘の意味を正しく理解できていないということです。

指摘の意味を正しく理解出来ないまま、誤った指摘を修正に反映してしまえば、さらなる指摘は免れません。

そこで、このような点に心当たりがある人は、指摘の意味を理解することに努めるべきであると考えます。

指摘の言葉の意味がわからなかったら、自分で調べてみたり、それでもわからなかったら、指摘してくださった師に尋ねてみたりするべきです。
そうすることで、師弟間の教育効果は格段に上がるはずです。

もっとも、指摘の意味を理解することは、簡単なことではありません。
なるほどと解釈したことが実は間違っていたということもよくある話ですから。

そこで、何かを学ぼうとするときは、貪欲に、地に足をつけて行うべきであると思います。

すべては、成長のためのステップアップ。

成長するためには、

指摘を受け入れる→指摘を正確に理解する→指摘を受け忠実に修正する

の繰り返しですね。

今日は、このステップの2段階目のお話でした。

終わり