自死遺族になって失ったもの…
私は天真爛漫さがなくなりました。
もう天真爛漫という年齢ではないので
別にいいんですけどね。
私にとって人生初の試練が
夫の自死でした。
それまではたいして悩みのない
能天気な人生を歩んできました。
勉強やスポーツ、音楽などで困った事もなく、
子供の頃から人付き合いで悩む事もなく、
父が会社を経営しているので
金銭的に困る事もなく、
両親は甘々の子煩悩、
結婚してからは嫁姑の苦労もなく、
夫は親のように優しかった。
のんびりマイペースに
好きなことをやって暮らしてきた私の人生は
夫の自死と共に一変しました。
最初の三、四年は特に苦しく、
溺れるものは藁をも掴むで、
人生の教訓めいたものを説いてる人にお会いして、
なんとかこの先生きていく上でのヒントを得ようと
必死な日々でした。
自死関係の本も山ほど読んだし、
ネットも読み漁りました。
膨大な知識はついても、
なかなか納得のいく答えは見つからない毎日。
そんな中で私の母が言った、
「○○くんは、寿命だったんだよ。
寿命だからどうしても死ななきゃならないのに、
健康だし事故にも遭わない。
でも寿命と帳尻を合わせなきゃならないから、
自分でそうするしかなかったんだよ。」
という考え。
これが当たらずとも遠からずなのかなと
最近思います。
人にはそれぞれ、
持って生まれた使命とか役割があって、
夫はあの年齢であの世に帰る事が決まっていた。
私の使命は、
自死遺族として生きていくこと。
それぞれの使命を全うして、
あの世に帰るようになっているのかなと。
だから、
人は人、自分は自分。
子供の頃から言われてきたこの言葉も
この年になってやっと本当の意味が分かりました。
みんなそれぞれの持って生まれた使命や役割を
果たしながら生きていくだけ。
あの世に帰った時には、
「お疲れ様〜、ニートを全うしてきたよ!」
みたいな感じ。
次の人生では違う使命を持って生まれるのかな。
こんな風に考えられるようになったのは、
ブログで出会ってからずっと気にかけてくださり、
今年の夏にお会いした方のおかげです。
母の言葉とこの方のおかげで、
夫の自死以来ずっと感じてきた悶々とした気持ちを
整理できました。
私はいつでも周りの人に恵まれている!
良い人しかいない。
波長が合わない人はいつのまにか居なくなってくれる。
これも私が持って産まれたものなんでしょうね。
聖子ちゃん。
子供の頃から大好きです。
コンサートもディナーショーも何度か行きました。
これからもずっとファンです。