　長野は３度目。奥穂高岳に登頂したこともある。若い頃の思い出だ。
　此度も名古屋から中央線を利用した。道中の記憶は途切れていたが、「寝覚ノ床」に瞬間、釘付けになった。

　激流に浸食された露岩に立った記憶が蘇ったのだ。もう４０年も昔のこと、自然は何も変わらない。

　列車は険しい山あいを縫って登坂となり、勢いを増して、ぐんぐん高度を稼ぐ。木曽川に沿ってこの中央本線と木曽路が併走する。切り立った山の麓に交通路の他に適地はない。斜面はとても里山とは言えない、人を峻拒する奥山の急峻さだ。
　その斜面一杯に柔らかな早緑が明るく映える。僅かばかりの平地には満開の花桃が桃源郷を成している。穢れを知らない深山幽谷は至る所に風光明媚があるのだ。

　登り切った松本平は標高５００ｍを超える。さすがに木曽路は雨、そして深く沈んでいた。

　そして思った。ここには田圃がないと。地質は黒ぼく、高冷地野菜が盛んだろう。竹の繁茂も見られない。

　今は裸木となった林の合間に民家が点在し、その雨に煙る風情はヨーロッパを彷彿とさせた。

　終点長野を降り、地下鉄長野電鉄を乗り継いで、善光寺へ向かう。
　５時を回ってたので参拝客はまばらだ。国宝「本堂」の扉を閉めようとする矢先、内陣を踏んだ。

　間口２３ｍ、高さ２５ｍ、奥行きは何と５３ｍの巨大建造物の中は、畳１５０畳の大広間が広がる。

　現在の本堂は火災の後に徳川幕府が松代藩に命じて造らせたもの。国宝だ。
　入り口近くに、あの盗難にあった「びんずる尊者」が出迎えてくれる。
　そして瑠璃壇の厨子の中には、絶対秘仏の本尊「一光三尊阿弥陀如来（善光寺如来）」
が安置されるが、瑠璃壇の前には、鳳凰と龍の金襴の戸張が懸かって、中は見えない。

　この長野市、総人口は約３６３千人、意外と少ない。だが標高は３７０ｍと県庁所在地では最も高い。
　中世になると、善光寺と戸隠神社が築造される。善光寺の文献上の初見は平安時代だ。
　善光寺は治承３年（1179年）焼失するが、頼朝の命により再興、その後も執権・北条家の信仰を得て、鎌倉時代には善光寺信仰が全国に広まる。

　治承４年、木曾義仲は平氏追討に挙兵、横田河原の戦いでは、北信濃の豪族の助力を得て平氏を下す。それからは破竹の勢いだ。だが都の乱暴狼藉が祟って、義経に滅ぼされることになる。
　戦国時代は何と言っても、武田信玄と上杉謙信による川中島の戦いだ。川中島は長野市の南、千曲川と犀川が交わる中州にある。
　戦国時代は武田領であったが、武田氏の滅亡により、織田領となり、本能寺の変以降は上杉氏が支配した。

　隣の松代藩は元和８年、幸村の兄、真田信之が移管されて初代藩主となり、明治維新まで２５０年間も続く。質素倹約や文武を奨励。幕末には佐久間象山を輩出した。
　江戸時代には「北国街道」が整備され、参勤交代路として、また、佐渡金銀の「御金荷」を運ぶ輸送路にもなった。
　駅前に戻り、折角ならばと、そば屋に寄った。名物信州ざるそばと、天ぷらをつまみに、地酒を堪能した。
　スケッチは善光寺本堂

麗しの信濃路を行く（１）長野市