　旅の締めくくりが栃木市だ。
　栃木市は、栃木県の南部にある人口１５万ほどの市、関東平野の北辺に位置し、北部には山並みが、中心部を巴波川（うずまがわ）、東部を思川、南部を渡良瀬川が流れ、これらの合流部には日本最大の遊水池「渡良瀬遊水地」が作られている。

　この遊水地は、もともと足尾銅山からの鉱毒を沈殿させ無害化するために作られたもの。利根川に合流する川水の水量調節の機能もある。
　江戸時代には江戸からの舟運が巴波川に通じており、その船着き場と、朝廷から日光東照宮へと派遣される使者の往来する「例幣使街道」の宿場町として盛えたのだ。

　その名残りが、今日の「蔵の街」である。
　駅前から伸びる蔵の町大通りを歩く。道路は広く、沿道の建物は新旧織り交ぜて、しゃれた感じが町を華やかにしている。

　明るくきれいな町だと思った。

　それは通りに面した建物の背後を流れる巴波川についても言える。

　川筋に沿って遊歩道が整備され、その底の浅い川を遊覧船が上下するのだ。映画のロケシーンにもなるだろう。
　そしてこの町には文学がある。山本有三や吉屋信子、柴田トヨたちの郷土なのだ。

　とりわけ山本有三（明治20年～昭和49年〉は、小説家、劇作家、政治家など異色の顔を持つ。代表作は『波』『女の一生』『真実一路』『路傍の石』など。
　政治家として、初めは貴族院勅選議員やその後は参議院議員として、国語国字問題や憲法の口語化運動に取り組んだ。

　理想主義は小説の中だけでなく、政治家としても、それを貫いたようだ。

　以上は「山本有三ふるさと記念館」に立ち寄り、聞き覚えたことだ。館内には高齢婦人が一人、客を待っていた。

　ここは有三を顕彰するボランティア団体により運営されている。開館間もない時間でもあり、客は他にいなかった。
　都合良く、聞き役到来とばかり、彼女の長広舌が始まった。こちらが誘い水を出したのかも知れない。

　そうして有三の一生を一括りおさらいしたのだった。おかげで、帰りの電車を一便やり過ごす羽目になった。

　それは行きがかり上、仕方のないこと、そして旅先ではよくあること、彼女は何とか有三を知らしめ、関心を持ってもらいたいとの一念で精魂を傾けたのだ。
　高齢者の生き方は様々あれど、このような知的で文化的なボランティアは生きがいづくりには十分だと思えた。

　そういった雰囲気もこの町にはある。そしてそのような雰囲気が私は好きだ。それは坂の上の雲を目指し、懸命に背伸びしたあの明治の時代も。

　今次旅の終わりに、思ってもみない収穫があった。それは雲一つない空に聳える、冠雪の頂と思い切り裾野を広げたマウント富士、こんな絶景は滅多にお目にかかれるものではなかろう。胸の空く晴れ晴れとした気持ちになった。
　スケッチは巴波川沿いに建つ、両袖切り妻造りの「横山郷土館」だ。

町並み保存地区「栃木市」を歩く