DOO One

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わたくし、羽生直木の作品集という名の趣味小説ブログです。
自由な発想のまま執筆していくので、気が向いた時や時間に余裕がある時などに目を通していただくと嬉しいです。

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 “貿易の都市”と呼ばれる横浜と対を成す神奈川のもう一つの大都市が、“産業の都市”と呼ばれる川崎だろう。

 川崎の臨海部には京浜工業地帯という工場地帯があり、そこでは夜になっても大きなプラント群が眩い光を放ちながら無機質に煙突から蒸気の煙を吐いている。
そんな工場夜景は、人工的な建造群にも関わらず異世界に紛れたように錯覚するほどに未来的かつ幻想的な雰囲気であった。
 
 その工場施設の足元には施設内部に部品を運ぶ貨物車用の線路がいくつか張り巡らされている。
この日、その線路で遺体が発見された。
丁度秋山は福原と共に一つ事件を解決し終えたばかりであり、福原を馬車道に送り届けている途中で入電があった。

数台のパトカーや救急車が赤いサイレンを発光させ現場を囲むように止まっていた。
遺体には青いシートが被せられており、線路には一台の貨物列車が停車している。
線路の周辺や貨物車には飛び散った血痕があり、事態の悲惨さを物語っている。
 当初、事故死と一報が入った時には福原はあまり興味を示していなさそうではあったが、この現場に足を踏み入れた瞬間に福原の表情に鋭さが現れた。
 
「秋山くん。通報があった時間は?」
福原が尋ねると、秋山は手帳のページを2ページほどめくった。
「21時14分です。今からおよそ40分ほど前ですね」
そう言いながら秋山は腕時計を確認する。
「そうか。ありがとう」
 福原は遺体が発見された線路に近づくと、まだ横たわる遺体のそばでしゃがんだ。
被害者である男は線路に跨るようにうつ伏せで倒れており、乱れたベージュ色の上下の作業服を着ている。きっとこの川崎の工場の作業員であることは誰もが予想できる。色黒の筋肉質で体格が良く、恐らく30代の半ばだろう。
秋山は被害者の様子を一瞥し、その情報を手帳にまとめていた。
「福原さん。これは事故死ですよね?」
「なぜそう思う?」
秋山にとっては状況を見てもそれが当然であると考えていたが、福原からの問いは秋山の考えを覆すような反応であった。
「死亡した被害者の男は作業服を着ている事からもここの工場の作業員というのがわかります。貨物車の運転手は夜中の走行中にここで何かと接触し、すぐに降りて警察に連絡しています。この現場には見ての通り血も飛び散り、その悲惨さも物語っている。貨物車と作業員の接触による事故だと僕は考えていました。ただ福原さんの考えは違うようですね」
彼は秋山の意見が自分と合っている時は一言目に納得をするが、疑問で聞き返す時はほとんど間違っている事が多い。
秋山の話を聞いた後に、福原は顎髭を掻きながら「しっかりと観察をすれば見えてくるものだ」と冷静に告げた。
 

「事故死にしては不自然な部分が2つある。1つ目はこの線路周辺に散った血痕」

座り込んだまま福原は周りを見渡すと、秋山もそれと一緒に周辺へと視線を向ける。

「飛び散った血があまりにも少ない。もし生きている人間が貨物車に轢かれれば大量に出血をするはず。事故死をした者の出血量が少ない理由は1つ。この人物は貨物車に轢かれるよりも前にすでに亡くなっていたという事」

福原の推論を聞いた時、秋山は一瞬耳を疑った。

「被害者は死後に貨物車に轢かれたという事ですか?なぜ被害者がすでに亡くなっていたとわかるんです?」

反射的に出てきた疑問に対して、福原は真剣な眼差しを向けながら応えた。


「死んだ人間は心臓が止まる事で体温が低下し、体が死後硬直するために飛び散る血は少なくなる。死後硬直のピークを考えると、彼は死後12時間ほどは経過しているだろう。これがまず1つ目の不自然な点。そして不自然な部分の2つ目が彼の顔だ」

ペンライトで被害者の顔を照らしながら福原が言うので、秋山は彼と同じように遺体の横に座り込んで顔を覗き込んだ。

「顔が若干ではあるが赤く鬱血しているように見える。これは首を絞められた事での窒息死の印といえるだろう」

「確かに薄っすらと赤みがありますね…」

「彼の死因が窒息死であること。亡くなった者が貨物車の線路に1人で移動できるわけもなく、誰かが彼を運んだと考えればこれは事故死ではなく他殺である可能性が高い」


 福原は立ち上がると「すぐに司法解剖を行ったほうが良い」と冷静に告げた。

「きっと頭蓋骨に達する頸動脈の血流が分断されて、白い頭蓋骨に鬱血の痕が残っているはず。そうなれば絞殺された事が示されるだろう」

「わかりました。すぐに遺体を検死へと回します」

 秋山の指示により被害者の遺体は車に乗せられ、現場から神奈川県警へと送られた。

「とりあえず遺体の検死結果の連絡待ちですね。そこから他殺へと捜査を切り替えていきます。福原さんは一度馬車道に戻りますか?」

「そうだね。僕は一旦戻るよ」

手にはめた手袋を脱ぎながら足早に後部座席に乗り込む。それに続いて秋山が運転席に座るとすぐに車は発進した。





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