カフェ的人生のススメ! -8ページ目

カフェ的に捉えた 渋谷とは

渋谷=都市化の集約された場所 デパートを大きくした街が渋谷である 

なぜ人々は渋谷にあんなに集まるのか

渋谷という途方も無い 受け皿 何にしても寛容な器の大きさ、何かディズニーランド的とでも

言ったほうが早いかもしれない イベントの多さもそうであるし、寛ぎの場所も他より抜きに出ている

 食の多さも凄い

渋谷とは、選択性の高い場所だと思う 渋谷には若さが溢れ返っている 若さは、パワーになり人々を活気付ける

活気に例えると お祭りもそうである 人々の活気 躍動 そのような言葉がふさわしい渋谷という街 

渋谷は、居るだけで毎日がお祭りのような場所である ドンキホーテで群れる若者 本屋ブックファーストで情報収集する人々 若さって、それだけで輝きををはなっている

    渋谷に行くと、それだけで選択性を感じるのである こまらない場所 時間を忘れて居れる場所でもある

    渋谷に居ると一番最適な言葉は、

「  楽しい それと選択性 」 人々の活気は、何か築地に似たようなものも感じられる

カフェ的で何か渋谷自体がカフェ的な場所かも     渋谷 博覧会場 パビリオンがいっぱいそんな感じ

今度は築地の話題でつづく・・・

カフェ的に生きる お店を人に例えて考えて 1

カフェ的に生きるとは お二人のカフェさんで見てみる

快適な状態を維持しながら場面と空間で「 間 」を持ちながら に繋がる時間の過ごし方を心掛けてる人

お店とは人そのものであることにお気づきの方も その理由として

ドトールさんという方が居たとしよう

この方は、案外カフェ的かというと、そうではない 忙しない その場でその人と居ると何か直ぐにその場を去らなければいけないような方である ケチ(この理由 経済的)であるようにも思えるコーヒー飲むのは缶コーヒー飲むのと何ら変わらない 缶コーヒーよりは、味はいいかもしれない でも何かが足りない けど来てほしい

だからそこで飲んでほしい(お店だから回転を優先しているような)

回転が優先されると忙しなく人の行き交いが多く次から次へと混雑し「いかにも朝のラッシュアワーのような」

光景である なんせ忙しないのである このような方といると 基本的にのんびり屋さんの場合は、疲れると思う

たばこも吸わない人も、敬遠すると思う そうドトールさんは、たばこが吸えて「ちょこっとだけ居れれば」 

それで良いと思っている人なんだーと思った 現代社会の日本はそのような方々が多いことにも気づかされる

もう一人のスタバさんはドトールさんよりちょこっとだけお高い でもそう、付き合ってみるとお高くもない方かなとも思う

人って見た目と、付き合って見るとでは全然違うことって多いと思う この人と居ると落ち着く 寛ぐ コーヒー

も美味しい バリエーションも選ばさせてくれて そのひと本位である おもいやりがある だからこういう人は

皆から支持される人なんだと思う だから煙草を吸う人からは、支持されなくても良いと思っている

 それだけ自分の考えに自信をもっている このような人と居たら それだけで心地良い だから安心して時間を過ごせる ここが同じカフェ的な人でも全然違うことに あるお二人の例を挙げて考えた日であった つづく・・・

お題 気圧による体調コンディションの違い

日本は、気圧配置が安定しない国である 常に低気圧に覆われ天候が不順である 現在梅雨時は特に気圧に安定なく
どんよりしている曇り空 今日は低気圧だけど谷間なのか雲の谷間から日差しが神秘的に射し、清々しい 風も涼しく穏やか
梅雨明けまでもこのような日が続くといい  天気も人もコンディションを保つことは日頃の何気ないお世話なのかもしれない
それだけ地球にやさしい日常を送りたいものである  この「 お世話 」についは、また改めてお題として記します

今日のカフェは、神楽坂 キイトス 目印はモスバーガー本社の北町交差点 近くの2Fにある所 ここはお気に入りの場所であるが
           最近は、行っていない また近々寛ぎに行こう  本が多く置いてあって、ごはんも美味しいですよ
   
        キイトスの語源は、フィンランド語で「 ありがとう 」と言うそうです いつもそのような謙虚な気持ちを持ちつづけたい
        今、生かされている事にありがとう 時間のゆるやかさにホッとなることを意識しながらカフェ的に生きる ありがとう
        いい言葉です