仕事で、この人嘘つきだなーと思うことがあった。普段はいい人だけど、自分のせいでまわりに迷惑をかけたときなんかに、自分は悪くない、という嘘をつく。たぶん少しの罪悪感と、怒られたくないという潜在意識の現れだと思う。あの人が書類をまわさないから遅くなった、とかそういう下らない嘘。

完全に偏見だけど女より男のほうが謝らない人多いよね。


そんなこと言いながら私は割りと簡単に嘘をつく。まったく無意味な嘘とか人を傷つけるための嘘はつかない、たぶん。保身の嘘(つまり前述の人みたいなの)が少しと、一番多いのは、これどう?と聞かれたときにつく、「いいね!」的な嘘。あんまりだった食べ物を「おいしい」と言ったり、好みじゃないものをもらって「こういうものが欲しかった」とも言ったりする。引くわー。

でも私は、本音を言うことで発生する”面倒なこと”が耐えられなくてまた嘘をつく。もちろん自分のためだ。

「面倒だな」という感情が私のすべての言動を決定しているから。


数年前、誕生日に友達がくれたグラスを割ってしまった。しかも三つセットのうち二つを。

私は”上品”というお世辞を頂くことがあるけど本当はかなりガサツだ。ガサツというのは心や言葉ではなく物理的なことである。小学2年の男子くらい本当にガサツなのだ。

グラスを割ってしまったことは、言わざるを得ないタイミングがあり正直に伝えた。「凄く気に入っていた(これは本当)けど、割ってしまった...ごめん」と。友達は笑って許してくれたけど、少しイラッとはしたと思う、当然だ。


そして2年前の誕生日、今度は違うタイプのグラスをくれた。

気に入って毎日使い、そして割った。


私は物への執着が薄いタイプなので、一瞬ショックで固まり、一瞬で立ち直った。万物はいつかは失われる。しかしその後、友達がうちに遊びに来ることになり焦りだす。「あのグラス、どう?」と聞かれたら終わりだ。どうせなら先に言っておく?「三つ目のグラスを割った」と?いやだ、失望されたくないし怒られたくない。”面倒”な気持ちになりたくない...


そして彼女の訪問直前、私は同じグラスを買った。

私もよく行くお店で買ったことは彼女自身が言っていたし、人気商品だから一番いい棚にたくさん置いてあるのも知っていた。

そして運命の日、さりげなくそのグラスで飲み物をお出しする。彼女は「あ!使ってくれてる」と言ってニッコリした。

この時の感情は未だに言葉にできない。

ただ、少し後悔した。

いつか謝れるかな。

「あのグラス、ほんとは割ったんだ。バレないように同じの買いに行った。嘘ついてごめん」

気持ち悪い女だな...絶対言えないよ。


そして去年の誕生日。


グラスをもらった。うすはりの、持つだけで割れそうなうすーいグラス。


また、新たな物語が始まった。