お母さん、どうして風俗で働いちゃいけないの・・・?
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雄太

もう朝だ。

誰のものか分からないが机の上に置かれていた目薬を差し、
目に指を当てしばらく椅子にもたれかかる。

疲れた・・・・。

昨日は大変だった。
自分がスカウトして入店させた新人の女が、
初めての接客で泣いてしまい、結局明け方までなだめていた。

客には返金を迫られるし、
女は辞めると泣き叫ぶし、
マネージャーにはスカウト料を返金しろと怒鳴られた。

辞められたら困る。
スカウト料の5万円を返せる余裕は無い。
結局、客の返金も、自腹を切らなければならなかった。
日払いの身に、1万8千円は痛かった。

「経験あるって、言ってたじゃんよ・・・」

思わず愚痴がこぼれてしまう。

でっぷりとした体格と抜けるような白い肌、
かかとが無くなった古いミュールに、
流行の過ぎ去った特徴的な花柄のワンピースを
はち切れんばかりに着た佳苗を渋谷で見かけたとき、
久しぶりの金のにおいに心が躍った。

ぼろぼろの大きなブランドショップの袋をさげ、
携帯電話を片手にウロウロと辺りを見回している姿は、
田舎くさい風貌を無しにしても、一目で家出女だと分かった。
おそらく、今日の宿代を支払ってくれるはずだった男と
待ち合わせをしていたのだろう。
何度も携帯をいじってはキョロキョロと周りを気にしている所を見ると、
もしかしたら相手は彼女の姿を見て帰ってしまったのかもしれない。
悪いが、俺だったら帰っていただろうと思う。

ヘルスで働かないか、と声をかけると
ホっとしたような顔でうなずいた。
長い時間この場所にいたのだろう。
今日の金ヅルにすっぽかされ、
声をかけてくれる男を待っていたのかもしれない。
拍子抜けするほど簡単に、佳苗は後をついてきた。

推定150センチで60キロ。
佳苗の手を引き、事務所に戻った俺を見て
すっかり頭の禿げ上がった初老のマネージャーが
バカみたいに口をぽかんと開けていたが、

幸い佳苗には、一部のマニアが喜ぶ舌足らずな声と
痩せればもっと魅力的になるであろう幼い目、
そして何といっても大きな胸があった。
われに返ったマネージャーが
頭のてっぺんから足の先まで「商品鑑定」をし、
小さなため息をひとつ吐いて、「採用」とつぶやいた。
その間、佳苗はずっと俺の手を握っていたが
採用、といわれた瞬間、体がぴくん、と強張ったのが分かった。
HPのプロフィールに掲載するため、
源氏名からスリーサイズ(ウエストは10センチごまかした)、
お客様へのメッセージを書き込んでいく佳苗。
「新人なので緊張しますが、少し経験があるので、頑張ります」と
驚くほど綺麗な字で書いた。

綺麗な字が書けるように、と
両親が習字教室にでも通わせたのだろうか。
少し、胸が重たくなった。


そういえば、夏美も、
最初にスカウトしたときはこんな感じだったな、と
ふと思い出していた。

佳苗

朝起きると、マーク・ジェイコブスの鞄から買ったばかりの最新モデルの携帯を取り出し、

「ラブ&ピース 池袋店」のHPへアクセスする。


自分宛の書き込みが増えているのは嬉しい。

返信を怠ると、一気に顧客は減る。

自分が書いた内容に返信すると喜ぶくせに、

ほかの客への返信内容まで細かくチェックしては逢うたび文句をたれる客もいるが、

みんな大切な顧客なのだ。

粗末にしては、明日のお米が稼げない。

お米、というか、、高島屋と伊勢丹とマルイのカードの引き落とし分が。


先月の伊勢丹カードの請求額は196万円だった。

最近は一日の手取りが7万円に満たないことが多い。

ここらへんで気を引き締めなければ、カードを止められてしまう。

それだけは避けたい。

私を信用し、敬い、大切にしてくれる唯一の存在、

財布にキレイに並んだ、5枚のカードとカード会社。


「掲示板」を開くと、

「夏美」の文字が沢山並んでいた。


「夏美ちゃん、今日はすごく楽しかった。次は、木曜日かな。

また、たい焼きもって行くね。」


「昨日6時にお会いした、ビール腹親父です。

感度がよくて気に入っちゃったよ。でも、あんまり出勤しないでね。独り占めしたくなっちゃうから・・・」


「夏美ちゃんへ。金曜日3時に予約入れました。白のTバックで来てくれると嬉しいな。ブーツはいてきてくれたら最高!」



思わず笑みがこぼれる。

私の仕事の成果。私の契約。私の売り上げ。

自宅マンションまでクラウンで店の従業員が特別に迎えに来てくれるのも、

帰りは事務所ではなく玄関先まで送り届けてくれるのも、

すべては私のこの努力の賜物だ。


返信を打とうとして、手がとまった。


「アナル、中出しOKでおススメな姫って誰?」

「夏美。でも、おみやげに注意!」


携帯電話を落としそうになり、

心臓がドキドキした。


武田に違いない。

ここ2ヶ月、毎週のように通ってはしつこい口説きを入れてきた男。

先週、とうとう少し挿入されてしまい、「フロントに電話する」と言ったら土下座して謝ってきた男。


営業妨害。営業妨害だ。

アナルと中出しを許すなど、そもそも考えられないことなのに。

うちの店は、ヘルスだ。

基本は手と口のサービス。

確かにオプションでアナルセックスを許す子もいるし、

店に内緒で一万円を受け取り、本番行為をさせる子もいる。

だが、そんな子は、うちの店に1ヶ月ほど在籍し、

100万円ほど稼げたら辞めてしまおうと思っている腰掛けだ。

ネットですぐにばれてしまうし、顧客もつかなくなる。

私は今まで、一切本番行為を許したことは無いのだ。


どうしよう。どうしよう。

雄太が見たかもしれない。

書き込みは昨日の夜12時に行われていた。

私が最後の客を送り出し、掲示板をチェックしたのが昨日の夜10時。

事務所は朝の3時までやっているはずだから、従業員の誰かは見たはずだ。


そして、もっと重要なことに気がつき、今度は本当に携帯電話を床に落とした。


削除されていない。


普通、店の女の子に少しでも不利な書き込みがあると、

従業員がすかさず削除する。

その権限を持つパスワードは全員が知っているはずなので、

少なくとも書き込みから1時間後には消されることが殆どだ。


時計を見る。朝の9時。


心臓がドキドキした。

とまらなかった。


私は、捨てられたのだろうか。


しばらく動けないでいると、突然床に落ちていた携帯電話が鳴った。

びくっと体を震わせ、アラームかと思いとめようとすると、着信だった。


「雄太!!」


すがるように画面を見ると、それは雄太ではなかった。


「文子」


母からだ。



文子

「アナル、中出しOKでおススメな姫って誰?」

「夏美。でも、おみやげに注意!」

「おみやげって何ですか?」

「入れてみれば分かる。先っぽに激痛を感じたら即病院へ!感想を書き込みヨロシク!」

「エ○ズ検査も忘れずに。ただし、入れてから2週間たたないと結果出ないぞ」

「怖いんでやめます。生フェラで一番うまかった姫は誰ですか?」

「顔で選ばないなら、かおり。即尺してくれるよ。」

とある風俗店のHPの掲示板。

客以外も自由に書き込み、観覧ができるのが売りで、

在籍する女の子を事前に品定めする格好の情報交換所になっている。

県内でも人気の店らしく、書き込みはどんどん行われる。

店の女の子もチェックしているらしく、

自分の名前が出ると即座にお礼や

反論の書き込みをする仕事熱心な子が目立つ。

その中でも一番頻繁に名前が出され、

かつ、返信を怠らないのは、夏美という子だ。

この店のナンバーワン。

そして、たぶん、私の娘だ。

生フェラ、ディープキス、69、混浴、タマ舐め、ローションプレイ、口内。

これが、私の娘の仕事。

本番行為は一切行っておりません、のピンクの文字が点滅している。

本番行為を行う店なら、手取りは倍近くになるのだろう。

それでも、本番行為のない店を選んだのは、娘の何を象徴しているのだろうか。

生フェラ、口内射精を許すのなら、いっそコンドームつきで挿入したほうが

性病になる確率は、皮肉にも一気に低下する。

そんなことも教えてこなかったのだ、私は。

そんなことをいまさら、どうやって教えたらよいのだ。

当店の女の子達には、月に一度の性病検査とHIV検査を義務付けております。

安心して、くつろぎの時間をお過ごしください。


性病検査やHIV検査は、既に感染しているか否かをみるものだ。

検査を実行しているイコール感染していない、と象徴するかのようなこの文章。


所詮、使い捨てなのだ。


娘は、どこまで分かっているんだろうか。