コンニチハ(‐^▽^‐)
帰って来るのが早いとウキウキするよねvV
エッと。
新しく【詩】というテーマを設置しました。
最近色んな詩を読むことにはまってまして。
詩のよさを皆さんに知っていただけたら、と。
無理強いはしないけどね。
詩ってさ、
「一を聞いて、十を知る。」
的な要素があると思うんだよね。
色んなニュアンスが含まれてて、
読む人によって受け取り方が違ってくる。
俳句とかだと、少なすぎてなかなか長けてナイ人にはわかりづらい。
正直、私も俳句は理解できない;
でも詩はそういうコトもナイんだよね。
前に長田弘サンの【深呼吸の必要】とイウ、
散文詩集を買ったってイウ記事を書いたと思うんですケド。
その中に入ってた、お気に入りの詩。
散歩
ただ歩く。手に何ももたない。急がない。
気に入った曲がり角がきたら、すっと曲がる。
曲がり角を曲がると、道のさきの風景がくるりと変わる。
くねくねとつづいてゆく細い道もあれば、
おもいがけない下り坂で膝がわらいだすこともある。
広い道にでると、空が遠くからゆっくりとこちらにひろがってくる。
どの道も、一つ一つの道が、それぞれにちがう。
街にかくされた、みえないあみだ籤の折り目をするすると
ひろげてゆくように、曲がり角をいくつも曲がって、
どこかにゆくためにではなく、
歩くことをたのしむために街を歩く。
とても簡単なことだ。
とても簡単なようなのだが、そうだろうか。
歩くことをたのしむために歩くこと。
それがなかなかにできない。
この世でいちばん難しいのは、いちばん簡単なこと。
散文詩だから分かりやすいよね。
ただ、あてもなく歩く。
これって結構難しいよね。
まず用がないのに家を出ない。
だって極力ゆっくりできる時ぐらい。
家でゆっくりしたいもんね。
用があるときは大体急いでる。
周りを見渡す余裕もない。
だから風景とかって見落としてる部分、多いね。
気を向けてみれば、風景を見ることって簡単なんだよ。
でもなんでそれを皆しないのかな?
それは気づいてないからだよ。
周りを見るっていう、基本的なこと。
目的だけを優先しすぎて、周りが見えてない。
でもね。
一度周りをよく見渡してごらん?
思ってた世界とは違うかもしれないよね。
太陽は遠くにあるけど、意外に近くに見えるかもしれないよ?
寒い寒いと思ってたのに、たんぽぽの蕾が出てるかもしれないよ?
新しい道を見つけるかもしれないよ?
現代人はすべてにおいて急いでると思う。
ネット社会、情報社会。
ほとんどのことがスピーディーに行われて、
一切の無駄も許されない。
そんなに早くする必要はあったのかな?
新幹線も飛行機も、
五時間かかるなら、それ用の時間の使い方があるよね。
わざわざ三時間にする必要はあった?
たしかに三時間のほうが無駄はないね。
でも五時間のよさもあったんじゃない?
ゆっくり周りの風景を眺めれる。
余裕をもって生活できたらいいよね。
難しいことだけど、
気づけば簡単になるかもしれないよ?