今日は中学入試の二次試験なので学校はお休み。
なので、ちょっと久しぶりに歌詞解釈でもしてみようかな?
今回も相変わらず長いです。。。
Wonder Land
この楽曲は稲葉さんのソロの代表だといっても過言ではない曲ですよね。
稲葉ソロの最初のシングルは【遠くまで】アルバムは【マグマ】と、
異色な楽曲が多く見られます。
私個人の感想ですが、稲葉さんはB'zの時よりも、
あまり詞に関して多くは語らない稲葉さんですが、
そこには多くのヒントが隠されていると思います。
ということで、今回は稲葉ソロの【Wonder Land】を歌詞解釈してみたいと思います。
この歌の特徴というのが『呼びかけ』が多いということです。
B'zの歌詞にはそれほど『呼びかけ』は頻繁にはでてきませんが、
この曲には稀に見る対句の多さが目に付きます。
『呼びかけ』から『僕』がだれかに呼びかけていますね。
ねぇ 扉を閉ざしてそこから動かないのは
臆病者のやることだと 信じて疑いもしなかったんだよ
君を変えてやろうなんて 恥ずかしく思い上がり
まるで天国かどこかに導くように話しかけていた
ここまで読んでもこの歌のストーリは読めてきません。
しかし過去のことです。
『僕』の犯した罪の歌だとは推測ができます。
本当に隔てたものはなんだったのか。
【信じて疑いもしなかった】のです。
『僕』は『僕』の固定観念に囚われ『君』を理解しようとしなかった。
顔を見るたびあせっていらいら 見当違いの使命感を抱いて
いったい僕はナニサマなんだ
ああほんとに馬鹿みたい
せっせと人を哀れむ 僕を哀れむだろ?
そして『僕』は隔てたものを壊そうとした。
でもそれは【見当違いの使命感】。
『君』はそれを望んではいなかったのに・・・。
しかし『僕』にはそれが理解できない。
なぜ扉をしめている?
どうして気持ちは通じ合えないんだ?
思い出すたび不思議な気がして
幸せがなんだかわかんなくなって
信じてたものが意味を亡くす 何か言おうとしてたの?
OH LaLaLa うらがえしの世界をごらんなさい
勇気があるなら しがみつくのも 手を離すのも
あっというまのWnder Land
しかし冷静に考えたとき、『僕』はいつも【不思議な気が】する。
【扉を閉める】ことは『君』とって幸せなのか?
どうして外の世界にでてこないのか?
もしかしたら『君』にとって【扉を閉め】ているほうが幸せなのだろうか。
どうして?
『僕』は絶対そうには思えないのに・・・。
『僕』が『君』に押し付けていただけなのか。
『僕』な全てが混乱していきます。
【信じていたものが意味を亡くす】。
それはまさに【うらがえしの世界】。
私には全てのストーリーが見えてきました。
おそらくこれは[引きこもり]を語っているのではないかと思います。
私たちにはどうしても[引きこもり]=[逃げてる]のイメージを抱いてしまっているかもしれません。
しかしそれは本当に正しいことなのでしょうか?
もしかしたらそういう理由で逃げている人もいるかもしれませんが、
でも全ての人がそういうわけではありませんよね?
もしかしたら人間関係も仕事もすべて上手く行っているに、
[引きこも」っている人もいるかもしれません。
自分の尺度で全てを測ってはいけない・・・。
稲葉さんはそう仰いたいのかもしれません。
反対の世界を見せられたとき、人は必ず混乱します。
どうして?なぜ?
と疑問しか浮かんでこないでしょう。
だからこそ人は見ようとしないのです。
自分の世界を壊されたくないのです。
先入観、固定観念・・・
全ての人がもっているこの要素は大切で、不便です。
これがあるからこそ人を傷つけたり偏見したりします。
これが邪魔して上手く行かないことなんて多くあります。
【なぜ男性は女の人の格好をしてはいけないの?】
【なぜ冬に長袖を着てはいけないの?】
【どうして引きこもってはいけないの?】
分かりませんよね。
どこにもそんな法律はありません。
だれかに束縛されることもありません。
だれにも他人の行動を束縛する権利はありません。
私たちがもっている固定観念で決め付けたらいけませんよね。
みんな自由なんです。
しかし、先入観、固定観念なんて捨てようがありません。
だからこそこの詞が作られたのだと思います。
でもちょっと考え方を変えたら、すぐに飲み込めることもあるのではないでしょうか?
OH LaLaLa うらがえしの世界をごらんなさい
勇気があるなら 影は光に 醜さは美しさに
パッと変わるWonder Land
僕がいつか捨てた ガラクタを磨いて
ぴかぴかのそいつを抱いて 君はただ笑ってる
フツーに笑ってる
そう。
【勇気があるなら】全て変わっていけるのです。
全てのものが新鮮に見えるのではないでしょうか?
そして『僕』にも答えが見えたのでしょう。
【僕が捨てたガラクタを】抱いている『君』を、
『僕』も『君」も【フツーに笑ってる】のです。
結論はどうだったのかは分かりません。
しかし『僕』は『君』の考え方を受け入れることができたのでしょう。






