愛されているし、愛さねばならないと、
ずっともがいて、今ここにいる自分の状態を自分で全否定して、
愛されない自分、愛せない自分の罪を
そこに何よりも罪を見出す親の視線と一体となって、
親の立場、親の視線から、
自分で自分を裁いて、憎んで、否定して、
白と黒、(親にとっての)善と悪に分断して、切り刻んで、
自分で自分が許せなくて、自分で自分を殺そうとして……
完全に感情を出せなくなって、
ただひたすら脈絡もなく、白痴になって笑っていた
「何の問題もない愛されているイイコ」は、ただただ幸せに笑っているはずだ、
という恐ろしく想像力も創造性もない、
「家族という舞台」のシナリオの上で。
どれだけ血を流しても、どれだけ異臭がしても、
ただただ笑っていれば、「何の問題もない、親に愛されている幸せな家庭」だ
という認識は、親にとってそれだけが最初で最後の認識は、
私の嘘の笑い、嘘の仮面によって、親の中で守られた。
・
全部うその私。バラバラに分れた私。
一個の人間を、その中で、無数の国境に分断されたようにバラバラに引き裂く方法、
自分で自分に背反し、抗い、裏切り、敵対し、
白と黒、善と悪の闘いを、内面で起こすように仕向ける方法、
それって本当は実に簡単。
今ここにいる私の「ありのまま」を、命の危機の中で、全否定されること。
恐怖と、否定と、憎悪の闇の中で、人間が創られていくこと、創造されていくこと。







