10年以上前、「世界まる見え!TV特捜部」で初めて日本で紹介されて大反響になった
「動物と話せる」当時6歳のフランス人少女、ティッピ・ドゥグレのその後の人生が気になって仕様がない。
ブラウン管越しに初めてティッピを見たときは、
人間が成り得る自由と人間が持ち得る生命の美しさを可能な限り体現している奇跡の子に見えた。
ティッピから、見知らぬ「自由」という名の風が吹き付けてくるようで心が苦しくなった。
映像を見てるだけで、動物と少女に通い合う「目に見えない何か」が「視える」のがすごい。
彼女が体現している生のリアリティの多様さ多層さ、
世界の大部分がどれだけ「ホンモノじゃないもの」、虚飾と虚偽に取り巻かれているか、
ティッピという自由の風によって、今までの世界が「ニセモノ」だということを隠していた
覆いが外されてしまったような。
ティッピの物語を初めて知ったときは、すごいとか可愛いというよりも、
今ここにいる自分がどれだけニセモノの世界にいるか、どれだけニセモノを生きていて、
どれだけニセモノを自ら生み出しているかということと、それに気づいてもどこにも行けず、
どこにも求めるべき楽園は存在せず、どこにも逃げ場所はないという
檻に閉じ込められたようないたたまれなさだけを感じた
もの珍しさから世界中のメディアに引っ張り出され、現代の見世物のために捕まった野生動物みたいに、
その環境がティッピにとって過酷なストレスだったという当然といえば当然のことらしいけど、
写真家のお父さん(アラン・ドゥグレ)もすっぱりティッピの写真集を出すのをやめ、
完全にティッピとメディアを切り離してその後が杳として知れない。
どんなに世界や社会に適応できなくても、ティッピなりに幸せに生きてくれていればいいと思う。
結局、常識外れ規定外れの人は今の社会は許容しきれず、適応しきれないのかと思うと淋しいけど…。
心のキレイな人には耐えられない世界なのかと思うと……。