「この世がマトリックスの可能性は50%」メリルリンチの衝撃…【前半】
■マスク氏「我々が“天然”な世界に生きている可能性は数十億分の1」
ここで基本に立ち返り、ニック・ボストロム教授が提唱するシミュレーション仮説を少しおさらいしてみよう。シミュレーション仮説によれば、次の3つのシナリオのうちのどれかひとつが真実である。
1. ほとんどの文明は技術的に成熟する前に絶滅した。
2. 十分に成熟した技術を持ったほとんどの文明はシミュレーション装置を作る興味がない。
3. 我々人間は実際にコンピュータ・シミュレーション上で生きている。
そしてもちろん、“3”が真実であると仮定しており、今回のメリルリンチの報告でも20~50%の確率で“3”であると主張しているのである。
逆にもし現在の我々がコンピュータ・シミュレーションの世界に住んでいないとするならば、未来人は高度なシミュレーション装置を作る技術に到達しないまま(恐らく滅びた)なのか(1)、過去の人類(今の我々)をシミュレータに閉じ込めて操る決断を下さなかった(2)ことになる。もちろんこの2つも十分にあり得ることである。
だが昨今急激に技術進歩を遂げるVR、AR分野の状況を見ると、どうやら将来の人類は現実とまったく見分けがつかないほどの仮想現実空間を造るところまでイノベーションを遂げる気配が濃厚になってきたのだ。
米・カリフォルニア州ランチョ・パロス・ベルデスで5月31日から6月2日にわたって開催されたIT業界イベント「コードカンファレンス」で、イーロン・マスク氏は「我々が“天然”な世界に生きている可能性は数十億分の1」と発言し、氏にとっては50%どころかほぼ確実に現在の我々がコンピュータ・シミュレーションの中で生きていることを指摘して物議を醸した。やはりこの世はフェイクだったのか――。
Elon Musk | Full interview | Code Conference 2016 動画は「Recode」より
■シミュレーション仮説は人間には証明できない!?
何かと衝撃的なマスク氏の発言なのだが、今の我々がコンピュータ・シミュレーションの中で生きていることは決して悪いことではないという。なぜなら、ボストロム教授のシナリオの“1”である“人類の滅亡”が回避されたことの証しとなるからだ。理論的には“2”の可能性も残るが、おそらくマスク氏は、好奇心旺盛な人類に“2”はありえないと考えているようである。
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人々の暮らしを丸ごとカバーする精巧な“世界シミュレーション”ではおそらく、脳と人工知能の接続が行われているという。まさに映画『マトリックス』の世界だ。そして将来登場する人間をはるかに凌駕する知性を備えた人工知能からしてみれば、我々は飼い猫のような存在になっているということらしい。
「Mirror」の記事より
なかなか複雑な気分にさせてくれる話題だが、ひょっとして多少の救いになるかもしれない揺るがぬ原則がある。それは、もし我々がコンピュータ・シミュレーション上の存在だとしても、そうであるからこそ我々には絶対にそれを証明することができないということだ。ゲームのキャラクターが画面から飛び出てこないことと同じである。だからこそ昔の人々はシミュレーション仮説を宗教の問題として考えてきたのだろう。
考えるほどに頭を悩ませるこのシミュレーション仮説だが、秋の夜長に思いをめぐらせるには格好の題材かもしれない!?
(文=仲田しんじ)
参考:「Mirror」、「Business Insider」、「The Verge」ほか