アラインメント (言語学)
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アラインメント(alignment)は、言語学の言語類型論における自動詞や他動詞の主語や目的語の文法上の分類の仕方のことである。言語ごとに異なる分類の仕方がされるが、主要なタイプがいくつか存在する。この文法上の分類は、格の標示や動詞における人称標示といった形態的側面に現れたり、あるいは語順や接置詞などの統語的側面に見られたりする。言語類型論の重要なトピックの一つである。
自動詞と他動詞
S/A/Pの配列のタイプ
自動詞の取る中心的な項はただ一つ、主語だけである。この項のことを subject(主語)の頭文字から S と略す。
典型的な他動詞[注釈 1]には中心的な項が二つ存在する。つまり、意志を持ってその行為を行う動作主を表す名詞句(いわゆる主語)と、その行為の対象となって状態変化を被る被動者を表す名詞句(いわゆる〔直接〕目的語)である。このうち、動作主を表す項を agent の頭文字から A と略し、被動者を表す項を patient の頭文字から P 、あるいは object(目的語)の頭文字から O と表現する。この記事では被動者を表す項は P と略す。
- S:自動詞の主語
- A:他動詞の主語
- P:他動詞の目的語
この3種類の項 (S/A/P) の分類の仕方は言語ごとに異なり、いくつかのタイプに分けられる。理論上想定し得る次の五つのタイプは全て存在するが、三立型と二重斜格型の例は非常に稀である。
- S=A=P:中立型[注釈 2]
- S=A/P:主格・対格型
- S=P/A:能格・絶対格型
- S/A/P:三立型
- S/A=P:二重斜格型
中立型
中立型(ちゅうりつがた、neutral)の配列では、S/A/Pを全て同じように扱う。たとえば、中国語普通話ではS/A/Pいずれも形態的な格が標示されない。このため、普通話の格標示システムは中立型であると言える。
普通話の例[1] | ||||||||||||||||||||||||
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主格・対格型
主格・対格型(英: nominative-accusative)、略して対格型の言語(対格言語)では自動詞文のSを他動詞文のAと共通に扱い、Oは区別する (S=A≠O)。対格言語では、他動詞文で共起するAとOを区別するためにOに標識を付ける。例えば次のケチュア語の文(柴谷 2002:13)では Pedro に -ta という接辞が付いているが、この -ta はペドロが被動者(O)であることを表す標識である。一方 Juan には何も標識が付いていないが、このようにAの方は無標の形式であることが多い(ただし現代日本語の「が」のようにAに特別の標識を付ける言語もある[注釈 3])。対格言語において、Oの格は対格と呼ばれ、Aの格は主格と呼ばれる。
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Juan Pedro-ta wañu-či-n. フアン.NOM ペドロ-ACC 死ぬ-CAUS-3SG.PST フアン(A)はペドロ(O)を殺した。
次のケチュア語の自動詞文の例では Pedro には何も標識が付いていない。このように、自動詞文の唯一の項Sは無標の形式であることが多く、これによってSが他動詞文のAと同じ(多くの場合無標の)形式によって表され、Oが区別されるパターン(主格・対格パターン)が生じる。
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Pedro wañu-n. ペドロ.NOM 死ぬ-3SG.PST ペドロ(S)は死んだ。
日本語や平均的ヨーロッパ標準言語 (SAE) も、SとAが同一に扱われOが区別される対格言語である。
- 1a. He(S) died.
- 1b. He(A) killed him(O).
- 2a. 健が(S)死んだ。
- 2b. 奈緒美が(A)健を(O)殺した。
能格・絶対格型
能格・絶対格型(のうかくぜったいかくがた、absolutive-ergative)、略して能格型の言語(能格言語)では自動詞文のSを他動詞文のOと共通に扱い、Aを区別する (S=O≠A)。能格言語では、他動詞文で共起するAとOを区別するためにAに標識を付ける。例えば次のバスク語の文(作例)では Jon に -ek という接辞が付いているが、この -ek はヨンが動作主(A)であることを表す標識である。一方 Pedro には何も標識が付いていないが、このようにOの方は無標の形式であることが一般的である。能格言語においてAの格を能格といい、Oの格を絶対格という。能格は属格や具格と共通の形式である場合もある。
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Jon-ek Pedro hil du. ヨン-ERG ペドロ.ABS 殺す.PFV ABS:3SG.ERG:3SG.PRS ヨン(A)はペドロ(O)を殺した。
次のバスク語の自動詞文の例では Pedro には何も標識が付いていない。このように、能格言語においても自動詞文の唯一の項Sは無標の形式であることが一般的であり、これによってSが他動詞文のOと同じ無標の形式によって表され、Aが区別されるパターン(絶対格・能格パターン)が生じる。
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Pedro hil da. ペドロ.ABS 死ぬ.PFV ABS:3SG.PRS ペドロ(S)は死んだ。
個別言語の能格性には様々な段階があり、形態論レベルでしか能格パターンを示さない言語もあれば、統語的にも能格的である言語もある。例えば、能格性が極めて高いといわれる言語の一つにジルバル語(英語版)がある(柴谷 2002:18)。ジルバル語の等位構文では例文(a, b)のようにSとOは省略可能だが、Aを省略した例文(c)は非文となる (Dixon 1980)。
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a. balan guda buŋa-n, baŋgul yara-ŋgu bura-n. SHE.ABS 犬.ABS 下りる-PST HE.ERG 男-ERG 見る-PST 犬(S)が丘を下りていくと、男(A)が(その犬(O)を)見た。
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b. balan guda baŋgul yara-ŋgu bura-n, buŋa-n. SHE.ABS 犬.ABS HE.ERG 男-ERG 見る-PST 下りる-PST 男(A)が犬(O)を見ると、(その犬(S)は)丘を下りていった。
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c. * bayi yara buŋa-n, balan guda bura-n. HE.ABS 男.ABS 下りる-PST SHE.ABS 犬.ABS 見る-PST 男(S)が丘を下りていき、(その男(A)は)犬(O)を見た。