技術的特異点(2045年問題から転送)Ⅴ 2055人脳一兆…
プレ・シンギュラリティ(前特異点,社会的特異点)
PEZY Computingを起業し、ノイマン型の次世代スーパーコンピュータや、非ノイマン型のニューロ・シナプティック・プロセッシング・ユニット(NSPU)に関する研究開発を行っている齊藤元章は、2014年に発売された自身初の著書「エクサスケールの衝撃」において、1ペタフロップスの性能を持つスーパーコンピュータ「京」の100倍程度の性能(1エクサフロップス)を持つ次世代スーパーコンピュータの実用化と普及により、2025年までにもプレ・シンギュラリティ(社会的特異点)が到来するとの主張を行っている[17][18]。プレ・シンギュラリティが到来すると、GNR革命が開始され、肉体と技術の融合が始まり、現実を超える体験を提供するVRが実現され、無尽蔵のエネルギーが入手可能になり、衣食住が無償で手に入り、不老不死も実現可能になるとされる。その影響は早ければ2020年にも市場に影響してくるようになるという[19]。
齊藤元章は、プレ・シンギュラリティが到来して、生きるための労働から解放された結果、長い余剰時間を活用し、人類全体として創作活動に従事し始めると予測する。その結果として、各個人が創作で獲得した知識はネット上に集合知として蓄積され、その集合知の全てが各個人にフィードバックされ続けることで、現在の我々が「芸術」と呼ぶ次元を軽々と飛び越えた、はるかに芸術的で独創的な何かや、新しい価値観を創出する可能性も高いだろうと予測している。
批判
否定論からの批判
人工知能の進歩によっては、技術的特異点のような事象は発生しないと考える評論家も存在する。また、技術的特異点の概念は認めつつも、その現実化が不可避であるか、あるいは特異「点」と呼べる特定の一時点が存在するかについては、異なる主張をする識者も存在する。
スティーブン・ピンカーは以下のように述べている。
技術的特異点が到達すると信じる理由は、まったく無い。人間の頭の中で未来の姿を想像できたとしても、それが実現する見込が高いこと、あるいはそもそも実現可能であるということの証明にはならない。ドーム型都市、ジェットパックによる通勤、水中都市、超高層建築や核駆動自動車といったもの、これらは全て私が子供だったころ、未来の想像において当たり前に実現されているはずもののだったが、ついに現実にはならなかった。本当に機能するテクノロジーは、人類のあらゆる問題を解決する魔法のランプなどではない。[20]
ロータスデベロップメントの創業者のミッチ・ケイパーは、2029年までにチューリングテストに合格する人工知能が開発されるという予測に反対し、カーツワイルと2万ドルを賭けている[21]。
物理的観点からの批判
あらゆる指数関数的成長は永遠に継続することはできない。化学物質の反応、細胞分裂や生物の個体数など、限定された期間内で指数関数的振る舞いを見せる現象は存在するが、遅かれ早かれ、指数関数的現象は必要な資源基盤(化学物質や食物など)を消耗し、停滞・崩壊する。テクノロジーの発展が、一般的な指数関数的現象と異なると考える理由は無い。つまり、指数関数的成長には指数関数的入力が必要となるが、現実の世界においてはそれは不可能である。一般的に成長現象はシグモイド曲線を取り、急激な成長期と停滞期(崩壊期)が存在することが普通である[22]。
宗教家であり思想史家であるジョン・マイケル・グリア(英語版)は、テクノロジーの発展は、未来に向かって一直線に進んでいくものではなく、ツリー状に広がっていくものであると述べている[23]。半世紀前の未来予想においては、自家用飛行機や宇宙旅行といった輸送技術の爆発的発達が予想されていたが、その後、輸送技術の進歩は停滞した。その一方で、21世紀現在の情報技術の爆発的発達と普及は、過去においては一般的には予想されていなかった。同様に、近年の情報処理技術の発達もいずれどこかで限界を迎え、現代の人々が全く予想もできなかった新しい技術が発展すると考えられている。
また、どれほど優れた知性であっても、思考のみでは問題を解決できない[24]。つまり、卓越した人工知能であれ知能強化された人間であれ、実世界の現象を観察・実験し、モデルを検証しなければ、現実世界の問題を解決することはできない。しかし、それには思考の時間ではなく、対象物の物理的変化(細胞分裂や素粒子の反応)に要する時間によって限界が定められるため、超越的知性の存在のみによっては特異点と呼べるような変化は起こらないのではないかという批判がある。
社会経済的観点からの批判
物理学的、技術的に可能だとしても、経済、社会、法律的な要請から、普及していない技術も存在する。たとえば、超音速旅客機は1960年代に実用化されたが、採算が取れなかったため、2016年現在商業飛行は実施されていない。同様に、研究室レベルでは汎用人工知能が実現できたとしても、経済合理性の観点から社会に普及せず、特異点をもたらすために必要な超越的知性の総量が不足する可能性がある。
マーティン・フォードは、「トンネルの中の光:オートメーション、テクノロジーの加速と未来の経済」という書籍において[25] 「テクノロジーのパラドックス」を提示している。曰く、技術的特異点の発生前に、ほとんどのルーチンワークが自動化されるだろう、なぜなら、ルーチンワークの自動化に必要な技術は、技術的特異点そのものよりも簡単であるからだ。ルーチンワークの自動化は莫大な失業を引き起し、消費者の有効需要を引き下げ、その結果として技術に対する投資を低下させるだろう。そうなると、技術的特異点の実現は遠ざかることになる。産業革命期のような大規模な産業構造の転換と新産業による失業者の吸収は未だ起きておらず、慢性的な高失業率が続いており、この傾向は短期的には変わる気配を見せていない[26]。
一般的に、技術革新に対する投資の見返りは次第に低下していくことが示されている[27][28]。Theodore Modis と Jonathan Huebner は技術革新の加速が止まっただけではなく、現在減速していると主張した。John Smart は彼らの結論を批判している[2]。また、カーツワイルが理論構築のために過去の出来事を恣意的に選別したという批判もある。
人工知能研究者からの批判