科学社会学(Social Network Analysis…
科学知識の社会学
1960年代以降、マートンに始まる科学社会学は一つの専門分野としてようやく確立するに至る。このマートン流の科学社会学が,前述のとおり専門分野として確立する過程で科学集団に焦点を合わせたものにならざるを得なかったのに対して、 1962年に発表されたクーンのパラダイム論は、科学知識の問題と科学者集団をダイナミックに両者を切り離すことなく分析する可能性を開くものだった。
上記のようなマートン流の「科学者の社会学」に対して、クーン流の科学観と知識社会学の伝統を融合しようと努めたヨーロッパの研究者の中から、科学者集団のみならず科学知識の内容そのものに踏み込んだ研究が立ち現れてくる。その担い手は、社会学の専門教育を受けた者よりむしろ、自然科学出身のものが多かった。彼らは、文化人類学や認知科学などの成果を武器に、科学知識そのものと科学者集団およびより広い社会との関連に焦点を定め,社会における科学知識の生産・流通の意味を積極的に問おうとした。科学知識の社会学(SSK:Sociology of Scientific Knowledge)の登場である。
「ストロングプログラム」と「エジンバラ学派」
科学者集団が社会の影響を受けるとするのみならず,科学知識もまた社会の影響を被る(科学知識の社会構築性)とするSSKが,科学の客観性に疑問を投げかける形で科学の社会性を分析することは必然的だった。なぜなら異なった社会では、異なった科学のあり方があり得るからである。中でも最も典型的と言われたのが,エジンバラ大学のデイヴィッド・ブルアが提唱した「ストロング・プログラム」である。ブルアはマートン流科学社会学が科学の合理的な部分を社会学的分析の対象から外したことを批判し、科学知識の内容にまでふみこみ、その社会的原因を分析するのが社会学者のつとめであると提唱した。この科学知識の社会学(SSK)という言葉もブルアが導入したものである。
「ストロング・プログラム」は,具体的には1976 年のブルアの『知識と社会表象』 (Bloor 1976) で科学知識社会学を行う上で受け入れるべき四つの信条 (tenets) という形で提示された。四つの信条とは、
(1) 因果性:科学知識は社会的な原因をふくむ様々な原因によって生成される
(2) 公平性:正しい(合理的な)信念も間違った(不合理な)信念も、どちらも説明を要する
(3) 対称性:正しい信念も間違った信念も同じタイプの原因によって説明される
(4) 反射性:以上の三つの前提は社会学自身にも適用される
エジンバラ大学では、この後、スティーブン・シェイピンやドナルド・マッケンジーといった研究者が「ストロング・プログラム」を実践した研究を発表し、「エジンバラ学派」と呼ばれるようになった。エジンバラ学派の具体的な研究として、ドナルド・マッケンジーによる統計学の誕生に関する研究 (MacKenzie 1981) がある。マッケンジーは、初期の統計学上の論争(バイオメトリックスとメンデル主義の論争など)でのゴルトンらの立場が、彼らが優生学を支持していたことに影響されており、優生学について有利な研究成果が出されたことを指摘する。また、当時(19世紀末から20世紀初頭)のイギリスでの優生学の支持者たちの多くは専門職をもつ中産階級であることから、彼らの階級的利害が優生学の推進に反映されていることも指摘された。
もうひとつ、エジンバラ学派の成果として、シャピンとシャファーのボイル=ホッブズ論争の分析では、ロンドン王立協会とそのメンバーの権威がロバート・ボイルに有利に働いたと示唆されている。ボイルのエアポンプの実験の多くは王立協会の会議室で行われ、立会人となった人々の社会的な信用が、実験そのものの信憑性を高めるために利用された。これとは対照的に、ボイルに対する反論者ヘンリー・モアが漁師の水中での体験を引き合いに出したことに対し、ボイルは漁師が無学であるという理由でそうした証言そのものの信憑性を否定し、それが受け入れられたことが示されている。
「エジンバラ学派」への批判
サージェントはボイルの議論を分析し、たとえば漁師の証言を拒否する議論にしても、人間の体の検出装置としての信頼性そのものを問題にしているのであって、単に無学な漁師であるからといって却下しているわけではないことを示した。
この問題は実験的手法の使えない因果仮説一般について回る問題である。したがって、健全な合理的判断が原因となってある理論が受け入れられた、という因果的仮説も、きちんと立証しようとすれば同じような困難に直面することになる。
しかし両者の関係は完全に対称というわけにはいかない。コールが指摘するように、科学に外的な要因と科学的知識の詳細な内容(たとえば E=mc2 という式の正確な形)の連関が示されたことはないが、合理的判断に基づく説明の場合、実験結果との突き合わせなど、詳細な内容に立ち入った連関付けが可能である。
![]() |
この節の加筆が望まれています。 |