アメリカ合衆国領土の変遷 Ⅱ 18世紀 1783年9月3日… 

 

1800年代

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1800年7月4日

北西部領土を2分割し、西側部分をインディアナ準州とした。これは現在のイリノイ州、インディアナ州、ミネソタ州北東部およびウィスコンシン州と、ミシガン州のロウアー半島西半分とアッパー半島の東端部を除く全部に相当した。北西部領土はオハイオ州の大半とミシガン州の残り部分だけになった。

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1800年7月10日

コネチカット州はその西部保留地を連邦政府に譲渡し、そこは北西部領土の一部となり、現在ではオハイオ州の北東部となっている
また、1800年10月1日、第三次サン・イルデフォンソ条約により、フランス領ルイジアナスペイン帝国からフランス帝国に移管された。

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1802年4月26日

ジョージア州は最終的にその西部領有権、すなわちヤズー土地を連邦政府に譲渡し、そこは非自治的領域となった。

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1803年3月1日

北西部領土南東部がアメリカ合衆国第17番目の州、オハイオ州として加盟を認められた。北西部領土の残りはインディアナ準州が吸収した。

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1803年4月30日

ルイジアナ買収が行われ、アメリカ合衆国はミシシッピ川を超えて西に拡大した。西フロリダとの間にはミシシッピ川の東にどれだけの土地が含まれていたかについて論争があった[16]。ルイジアナ買収の範囲は、単にミシシッピ川の流域と定義されていたために、現在の国境より幾分北側まで延びていた。買収範囲には現在のアーカンソー州カンザス州アイオワ州ミズーリ州ネブラスカ州およびオクラホマ州の全地域と、コロラド州ルイジアナ州ミネソタ州モンタナ州ニューメキシコ州ノースダコタ州サウスダコタ州テキサス州およびワイオミング州の一部が含まれていた。また現在のカナダアルバータ州マニトバ州およびサスカチュワン州の南端部も含まれていた。

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1804年3月27日

ジョージア州が放棄し非自治的領域となっていた部分はミシシッピ準州に吸収された。ミシシッピ準州は現在のミシシッピ州とアラバマ州の全域にあたり、このときはまだ西フロリダの一部だったパンハンドル(細長い土地)だけが領域に入っていなかった。

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1804年10月1日

ルイジアナ買収により獲得した土地は、南部の一部(現在のルイジアナ州とテキサス州の小部分にあたる)をオーリンズ準州として自治化し、残り部分は依然自治化されないままだったが、暫定的にルイジアナ地区としてインディアナ準州が管轄することとされた。オーリンズ準州の西部境界はヌエバ・エスパーニャとの紛争になった。特に西のサビーン川から東のアロヨ・ホンド川に挟まれた地帯はルイジアナ中立地 (Neutral Ground of Louisiana) と呼ばれることになった。この土地は後に1819年のアダムズ=オニス条約によってアメリカ領と確定した。

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1805年1月11日

インディアナ準州からミシガン準州が分離され、現在のミシガン州ロウアー半島の全体を含んだが、アッパー半島はインディアナ準州が北西部領土から分離した時に東端部のみを含んでいたので、そこだけがミシガン準州に含まれた。

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1805年7月4日

ルイジアナ地区が自治化されてルイジアナ準州が起立された。

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1809年3月1日

インディアナ準州からイリノイ準州が分離された。イリノイ準州には現在のイリノイ州、ミネソタ州北東部、およびウィスコンシン州が含まれた。インディアナ準州には現在のインディアナ州の領域に加えてその東西の州境は北に伸ばされた形だった。これはミシガン州のアッパー半島中央部とウィスコンシン州ドア半島も含むことになった。

1810年代

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1810年4月

ハワイ諸島ハワイ王国として統一された。

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1810年10月27日

ジェームズ・マディソン大統領の声明により、アメリカ合衆国は西フロリダのバトンルージュモービル地区を併合し、ルイジアナ買収の一部と宣言した。これらはその90日前に西フロリダ共和国の独立を宣言していた。

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1812年4月30日

オーリンズ準州の大半が合衆国第18番目の州、ルイジアナ州として加盟した。準州の残り部分(北西端部)はルイジアナ準州に譲られた。

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1812年5月12日

連邦政府は西フロリダの一部、モービル地区をミシシッピ準州に併合し、現在のアラバマ州とミシシッピ州を併せたものに相当するようになった。

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1812年6月4日

ルイジアナ準州は既に昇格した州と同じ名前を持っていたので、ミズーリ準州と改名された。

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1816年12月11日

インディアナ準州のミシガン湖以南の部分が合衆国第19番目の州、インディアナ州として加盟を認められた。準州の残り(ミシガン湖以北部分)は自治的領域ではなくなった。

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1817年3月3日

ミシシッピ準州からアラバマ準州が分離した。どちらの準州も現在の州に相当する。

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1817年12月10日

ミシシッピ準州は合衆国第20番目の州、ミシシッピ州として加盟した。

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1818年10月20日

1818年条約英語版)によってウッズ湖より西の北緯49度線がイギリス領との境界に設定され、アメリカとイギリスの共同領土としてオレゴン・カントリーが設立された。オレゴン・カントリーは今日のアイダホ州オレゴン州の大半、ワシントン州全域およびモンタナ州の一部、またカナダのブリティッシュコロンビア州南部に相当する。この条約によって、ミネソタ州北西部、ノースダコタ州北東部およびサウスダコタ州北東部からなるレッド川流域をアメリカ合衆国に移管した。

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1818年12月3日

イリノイ準州の南部が合衆国第21番目の州、イリノイ州として加盟した。イリノイ準州の残り部分はミシガン準州と併合されミシガン準州となった。

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1819年3月2日

ミズーリ準州の南部がアーカンソー準州(Arkansaw Territory)として編成され、現在のアーカンソー州とオクラホマ州の一部で構成された。名前の綴りが公式に"Arkansas"とされたのは後のことである。

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1819年12月14日

アラバマ準州が合衆国第22番目の州、アラバマ州として加盟した。