ゲーム理論 ⅡⅠ【】批判 完全観測の仮定に対する批判 実用性に対する批判 

 
脚注
注釈

^ アメリカ経済学会が出版する Journal of Economic Literature において採用されているJEL分類コードによれば、ゲーム理論は「交渉理論」(英: bargaining theory)と並んでC7に分類されている[4]。
^ 『ゲームの理論と経済行動』が出版された1944年にゲーム理論が誕生したとする見解 [5][6][7][8][9][10][11][12][13][14] が一般的である一方で、1928年にゲーム理論が誕生したとする見方もある[15][16]。1928年は、フォン・ノイマンが論文「社会的ゲームについて(独: "Zur Theorie der Gesellschaftsspiele")」を発表し、モルゲンシュテルンが著書『経済予見ー仮定とその可能性についての考察(独: Eine untersuchung ihre Voraussetzungen und Moglichkeiten)』を刊行した年である。例えば、酒井泰弘(滋賀大学名誉教授・経済学説史家)は、ゲーム理論が「1928年に、二人独自の研究によって誕生し、1944年出版の共著『ゲーム理論と経済行動』によって確立した[17]」としている。
^ ゲーム理論のルーツについては、フォン・ノイマンらに始まる協力ゲーム(提携とコアの理論)、ジョン・ナッシュに始まる協力ゲーム(交渉の理論)、ナッシュに始まる非協力ゲーム理論(均衡の理論)の3流派に分けて論じられることもあり、今日「ゲーム理論」と言えばナッシュの「非協力ゲーム」を指す場合がほとんどである[18]。しかし、数学者であるLuce & Tucker 1959はPrefaceでフォン・ノイマンをcreator of the Theory of Gamesと評しており、また、マイヤーソン(2007年ノーベル賞受賞者)はフォン・ノイマンらをゲーム理論の先駆者としている一方でナッシュを「中興の祖」として位置付けている[19]。このように、ナッシュがゲーム理論の創始者とされることは稀である[20]。
^ 「戦略的状況」はゲーム的状況(英: game situations)[6]や戦略的環境(英: strategic environment)[25]と呼ばれることもある。
^ 日本語圏へのゲーム理論の導入や普及に尽力した経済学者の一人として知られる鈴木光男は東北大学経済学部在学中の1952年1月に「ゲームの理論の構成とその経済学への応用」という卒業論文を提出しており、口頭試問の際に指導教官であった安井琢磨から「ゲームとは、一言でいえば何だ」と質問されて「相手がいるということです」と答えている[26]。
^ Oxford English Dictionaryによれば、game theoristという語彙は1950年代に誕生した[28]。
^ 岡田 1989, 表2.1を元に作成。
^ a b 協力ゲーム理論の基礎概念であるcoalitionは山田雄三によって「結託」という訳語が充てられたが、学生からの評判が悪かったため鈴木光男によって「提携」という訳語が充てられ、それが定訳となった[29]。なお、1人から成る提携もあり得るという理由から、当初は「提携」という訳語も批判された[30]。
^ ただしマルティン・オズボーンやアリエル・ルービンシュタインのように、一方の理論がもう一方の理論よりも「基礎的」であるという考え方に対して否定的な見解を示しているゲーム理論家も存在する[40]。
^ a b 利得関数の組 {\displaystyle \{f_{i}\colon \times _{k\in N}S_{k}\to \mathbb {R} \}_{i\in N}} {\displaystyle \{f_{i}\colon \times _{k\in N}S_{k}\to \mathbb {R} \}_{i\in N}} の代わりに選好関係の組 {\displaystyle \{\succsim _{i}\}_{i\in N}\subseteq (\times _{k\in N}S_{k})^{2}} {\displaystyle \{\succsim _{i}\}_{i\in N}\subseteq (\times _{k\in N}S_{k})^{2}} を用いて戦略形ゲームを定義する場合もある[45]。選好関係について合理性(英: rationality)などの適当な公理が仮定されるとき、その選好関係と等しい情報を持つ利得関数が存在するため、合理性などの標準的な仮定の下では利得関数と選好関係のどちらを用いて戦略形ゲームを定義しても本質的な違いはない[46]。
^ 戦略形ゲームは標準形ゲーム(英: games in normal form)とも呼ばれる。この「標準形ゲーム」という用語法はvon Neumann & Morgenstern 1944によるものとされている[48]。
^ このような双行列を利得行列、利得行列によって表すことの可能な2人戦略形有限ゲームを双行列ゲームと呼ぶ場合もある[53]。
^ 例えば、同時手番ならば各プレイヤーが自分の手番が回ってきたときに他のプレイヤーの選択を知らないと仮定すればよく、逐次手番ならばあるプレイヤーが他のプレイヤーの選択を知った上で自分の戦略を選択すると仮定すればよい[40]。
^ 「提携形ゲーム」はvon Neumann & Morgenstern 1944によって定義・命名されたものである[59]。
^ 展開形ゲームにおける「戦略」と「行動」の区別はクラウゼヴィッツ『戦争論』第2編第1章における「戦略」と「戦術」の区別に対応しており、それぞれの用語法は整合的である[85]。
^ なお、戦略の組に対してではなく帰結に対して利得関数が定義される場合もある。例えば寡占市場を分析する際、プレイヤーは企業、戦略は価格であるが、企業にとっての利得は価格ベクトルではなく利潤に対して定義されると解釈するのが自然である[87]。このようなケースでは、戦略の組から帰結への関数 {\displaystyle g\colon \times _{k\in N}S_{k}\to C} {\displaystyle g\colon \times _{k\in N}S_{k}\to C} を定義し、帰結の集合 C 上の実数値関数として利得関数が定義される[87]。
^ これらの用語はケン・ビンモアによって造られたものである[98][99]。
^ なお、ゲーム理論ではしばしば、n 人ゲームの戦略の組 {\displaystyle s=(s_{1},s_{2},...,s_{n})} {\displaystyle s=(s_{1},s_{2},...,s_{n})} の第 i 成分を除いた戦略の組 {\displaystyle (s_{1},...,s_{i-1},s_{i+1},...,s_{n})} {\displaystyle (s_{1},...,s_{i-1},s_{i+1},...,s_{n})} を s−i で表す[101]。これはプレイヤー i 以外の n − 1 人のプレイヤーの戦略の組を意味している。この記号法は、 {\displaystyle (t_{i},s_{-i})=(s_{1},...,s_{i-1},t_{i},s_{i+1},...,s_{n})} {\displaystyle (t_{i},s_{-i})=(s_{1},...,s_{i-1},t_{i},s_{i+1},...,s_{n})} といった具合に用いられる。本記事でも解概念を解説するにあたってこの記号法を用いている。
^ 適切な仮定の下では、被支配戦略逐次排除均衡が一意的に存在するゲームにおいてナッシュ均衡が被支配戦略逐次排除均衡と一致することが知られている[106]。
^ ゲーム理論研究においてこのような考え方は、均衡の精緻化(英: refinements)と呼ばれる[111]。
^ 動学ゲームを表現するための展開形ゲームにおいて、各手番から始まるプレイヤー間の駆け引きは元の大きなゲームの中の小さなゲームとして解釈することが可能であり、これをサブゲーム(英: subgame)と呼ぶ。すなわち、サブゲームとは(1)一つの分岐点から始まる、(2)その後の分岐点と枝を全て含む、(3)情報集合が外にはみ出していない、の条件を全て満たしている展開形の一部分である[112]。
^ 元の情報不完備ゲームとそのベイジアンゲームは本来異なるゲーム的状況を意味しているが、プレイヤーの戦略選択を分析する上では両者を同値なものとしてみなされるのが、ハルサニの理論である。この仮定はベイズ同値仮説と呼ばれる[119]。
^ ハルサニの理論ではこれに加えて各プレイヤーの主観的確率分布の族 {\displaystyle \{p_{i}(\cdot |c_{i})c_{i}\in C_{i},i\in N\}} {\displaystyle \{p_{i}(\cdot |c_{i})c_{i}\in C_{i},i\in N\}}が適当な同時確率分布 {\displaystyle p^{*}(c_{1},...,c_{n})} {\displaystyle p^{*}(c_{1},...,c_{n})}と整合的であることが仮定される[121]。これは、各プレイヤーの知らないタイプが偶然手番によって決定され、「情報を知らない」プレイヤーは偶然手番によってタイプが確定する以前の共有事前確率(英: common propor) {\displaystyle p^{*}} {\displaystyle p^{*}}に基づいて期待利得が計算されると考えられる[122]。
^ 1960年代に当時のゲーム理論研究の拠点であったプリンストンに留学しており草創期の多くのゲーム理論家と交流があった鈴木光男によれば、実際に初期のゲーム理論家のほとんどがユダヤ人であったという[125]。
^ 公理論的アプローチについては公理論的アプローチの節を参照。
^ ある経済主体が完備的であるとは、彼が任意の二つの選択肢 x と y に対して、「 x よりも y が好き」、「 y よりも x が好き」、「 x も y も同程度に好き」のいずれかの判断を下されることを意味する[136]。
^ ある経済主体が推移的であるとは、彼が任意の三つの選択肢 x と y と z に対して、「 x が y と同程度以上に望ましく」かつ「 y が z と同程度以上に望ましい」とき必ず「 x が z と同程度以上に望ましい」ことを意味する[136]。
^ ただし選択肢が無限に存在する場合、完備性と推移性に加えて連続性(英: continuity)と単調性(英: monotonicity)が選好関係の公理として仮定される必要となる[137]。
^ 売り手と買い手が無数に存在する完全競争市場では各意思決定主体の市場への影響力が無視できるほど小さいため意思決定の戦略的な側面は問題にならなかったが、より現実的な不完全競争市場を考える際には意思決定者が市場を通じて他の主体に与える影響力が大きな役割を果たす[138]。
^ 新古典派のモデルには「一定とされる価格」を決定するルールが明示されていなかった。こうした新古典派モデルに対するひとつの解釈として「買い手と売り手が需要関数と供給関数を『競り人』に提出し、競り人が均衡価格を計算する」というものがある[139]。オークション理論は新古典派モデルが捨象した均衡価格決定のプロセスを研究するものであるが、このオークション理論はゲーム理論の応用分野として発展している[140]。
^ ラヴォア 2008の表1. 1を元に作成。ただし、表内の一部項目の名称については前掲書の解説において用いられているより厳密なものを用いている。
^ 前提条件(英: presuppositions)とはモデル化や定式化ができない各学派の必須要素であり、それらから導かれる仮説や理論よりも先行するものである。「前提条件」と呼ばれる概念の研究はアクセル・レイヨンフーヴッドによって1976年に提唱された枠組みである[143]。
^ a b c 「道具主義」に対置する概念としてのrealismは「現実主義」の他に「実在論」と訳されることもある[144]。
^ 具体的には、異端派経済学者は非線形性やストレンジ・アトラクタを基礎にしたカオス動学といったアプローチが用いている[151]。
^ これらの新古典派経済学の主張には「数々の非現実的な仮定の上に構築された信頼性の薄い主張」とか「パイの大きさが何パーセント変わるかという矮小な話よりもパイを公平に分配し社会的弱者を救済することこそが重要だ」といった批判があり、当時のミクロ経済学は「おもちゃの豆鉄砲」と揶揄されていた[157]。
^ 経済学説史家の川俣雅弘は1980年代にゲーム理論が急速に普及した理由として、経済学界全体の認識の変化を挙げている。すなわち、抽象的かつ一般的な序数主義的一般均衡理論に基づく研究からは経済学的に有益な命題を導出不可能であるという認識が広まり、1970年代から具体的な応用分野の専門誌が刊行されるとともに、Journal of Political Economy(1892 -)、Quarterly Journal of Economics(1891 -)、Review of Economic Studies(1933 -)などの理論志向の強い一流誌においてもそういった編集方針の転換が起こっていた[167]。川俣 2016はそのような経済学界の潮流の中で、一般均衡理論が分析できない広範な問題を分析可能なゲーム理論が主流になっていったと主張している[168]。
^ 契約理論の基本モデルは展開形ゲームのサブゲーム完全均衡やベイズ完全均衡に対応するため、契約理論はゲーム理論の一分野とみなされることがある。しかし、契約理論はゲーム理論的な均衡概念を明示せずに価格理論的な条件付き最適化問題としてモデルを分析しており、さらに価格理論やゲーム理論がカバーしていない特有の概念や解法を有しているため、JEL分類コードのカテゴリーにおいても2005年6月からD86(Economics of Contracts)という独立した項目が設けられている[171]。
^ 例えば「不況時における財政出動がどれほどの景気浮上効果を持つか」というマクロ経済学の問題に対して実験を行うことは不可能であり、実際に財政出動をした場合としなかった場合を統計学的に比較することによって決着がつけられる。また、冷戦時代に並存した資本主義国と社会主義国の比較のような大規模な自然実験は可能な機会が稀である上に膨大な社会的コストが必要となる[179]。
^ 特に一回限りの「囚人のジレンマ」の実験研究は一般的な構造を有しているため、経済学者だけでなく心理学者、社会学者、政治学者、教育学者も行われており、その事例数は膨大な数にのぼる[182]。
^ 偶然手番に関して適切なベイズ的事前分布が仮定されている場合、限定合理的な個人は完全合理的な個人と理論的に同一視されることが証明されている[187]。
^ 例えばVan Dam et al. 1996は、オランダの砂丘に自生するある植物が虫除けのために分泌するアルカロイドという化学物質がさまざまな年齢の葉に対して最適に割り振られていることを明らかにしている[72]。
^ a b 米国における周波数オークションの成功に貢献したポール・ミルグロムは1995年にマーケットデザインに関するコンサルティング会社Market Design Inc.を設立しており、マーケットデザインという分野の名前もこの企業名に由来する[333]。
^ このような日本の現状を打開することを目的として結成された研究者集団としてAMF(オークション・マーケットデザイン・フォーラム)がある[194][197]。AMFは松島斉(東京大学教授)、神取道宏(東京大学教授)、柳川範之(東京大学教授)、横尾真(九州大学教授)、小島武仁(スタンフォード大学助教授)らが発起人となり、2012年1月に結成され、現在では日本国内外の50人余りのゲーム理論家が賛同・参加している[198]。
^ 一般に、集合 X から X 自身への写像 f: X → X について x = f(x) を満たす x ∈ X を写像 f の不動点と呼び、特定の条件の下で不動点の存在を保証する定理を総称して不動点定理と呼ぶ[204]。したがって、最適反応関数が不動点定理の条件を満たすことは、均衡が存在することを意味する。
^ Waldegraveによるこの論考は、"Minimax solution of a 2-person, zero-sum game, reported in a letter from P. de Montmort to N. Bernouilli, transl. and with comments by H. W. Kuhn" という名が付けられ、1968年に出版された論文集[225]に掲載されている[226]。
^ クールノー・モデルとベルトラン・モデルの解は一般的にはそれぞれ異なるが、どちらも「ナッシュ均衡」として統一的に説明することが可能である[231]。
^ 「ツェルメロの定理」が「完全情報を持つゼロ和二人ゲームに純戦略で最適戦略が存在する」と要約される[232]。
^ 「ツェルメロの定理」は1953年に刊行されたクーンの展開形ゲームに関する論文「展開形ゲームと情報の問題」で初めて言及されて以来、ゼロ和2人ゲームの古典としてツェルメロの論文が引用され続けてきたが、実際にはツェルメロは「ツェルメロの定理」どころかそのような問題を扱ってすらいなかったことが明らかになっている[233]。ツェルメロ論文の原典はドイツ語で書かれており、後世の研究者が原典を読まずに引用していたのである[234]。
^ この論文においてフォン・ノイマンが用いた不動点定理は後に「角谷の不動点定理」[238]として一般化される[1]。
^ 書名を General Theory of Rational Behavior にする案もあったが、モルゲンシュテルンの最初の草稿のタイトルである『ゲームの理論と経済行動』が採用された、という逸話がある[250]。
^ ダニエル・ベルヌーイは1738年に「リスクの測定に関する新しい理論」というラテン語で書かれた論文を『ペテルブルグ帝国科学アカデミー論文集』に寄稿したが、当時の自然科学者の多くは人間行動のモデル分析に関心を持っておらず、政治経済学者は数学分析に弱かったため、ベルヌーイの「サンクトペテルブルクのパラドックス」や期待効用のアイディアが注目されることはなかった[265]。このベルヌーイの論文は1934年にカール・メンガーがドイツの一流学術誌『国民経済雑誌』上で紹介したことにより注目されるようになった[266]。ベルヌーイの分析はフォン・ノイマンとモルゲンシュテルンの『ゲームの理論と経済行動』の中でようやく復権し[267]、その後ラテン語で書かれた「リスクの測定に関する新しい理論」の英語版は『エコノメトリカ』に掲載された[268]。
^ 以下に『ゲームの理論と経済行動』の第2版の目次を掲げる[270]。
『ゲームの理論と経済行動』(第2版)目次

 

第1章 経済問題の定式化 [表示]
第2章 戦略ゲームの一般的・本格的な記述 [表示]
第3章 ゼロ和2人ゲーム:理論 [表示]
第4章 ゼロ和2人ゲーム:例 [表示]
第5章 ゼロ和3人ゲーム [表示]
第6章 一般理論の定式化:ゼロ和n人ゲーム [表示]
第7章 ゼロ和4人ゲーム [表示]
第8章 n≥5なる参加者の場合についてのいくつかの注意 [表示]
第9章 ゲームの合成と分解 [表示]
第10章 単純ゲーム [表示]
第11章 一般非ゼロ和ゲーム [表示]
第12章 支配および解の概念の拡張 [表示]
付録  [表示]


^ この「しっぺ返し戦略」はゲーム理論家のラポポートによって考案・提出された。tit-for-tat strategyは「オウム返し戦略」と訳されることもある[310]。
^ 例えば、不確実性が大きな場合に前頭葉最下部の眼窩前頭皮質、扁桃体、前頭前皮質などの主に大脳辺縁系が活性化することが確認されている[339]。
^ なお、二階堂副包は1956年にアローやマッケンジーらとは独立に一般均衡の存在定理を証明している[345]。
^ なお、1979年に岩波文庫から出版されたジンメルの『社会学の根本問題』(1917年)の清水幾太郎訳では独: Gesellschaftsspieleが「社会的遊戯」と訳されている[353]。
^ 鈴木によって提出された「社会工学私見」は鈴木 2007に全文が掲載されている。鈴木は、(1)社会と科学技術との関連についての哲学的歴史的基礎に関する人文社会部門、(2)意思決定論や経営工学・経済工学などを含む社会組織工学部門、(3)都市計画や環境政策などを扱う社会工学部門、(4)統計学やコンピュータ科学を扱う情報工学部門を統括する社会工学部の設立を提案している[357]。
^ ただし、社会工学部の構想は実現せず、理学部に情報科学科、工学部に情報工学科、大学院にシステム科学専攻などが設立される形となった。鈴木はこのことについて、「多分時期が早すぎたのだろうと思います」と振り返っている[358]。
^ これら講座の内容は『人間社会のゲーム理論』として1970年に勁草書房より刊行されている。
^ ただし松島斉は金子によって東大にゲーム理論が持ち込まれたとする通説を否定している[361]。松島は1980年夏学期に小林孝雄教授の担当した「組織の経済学」という講義でゲーム理論が扱われており、それが東大にとって「今までにない画期的な内容」であったと先輩の神取道宏から聞いたと証言している。
^ ただし中村は鈴木の講義を履修しておらず、社会工学科に在学していた友人の林亜夫などから講義内容を聞いて、ゲーム理論に関心を持つようになった[362]。
^ 過去には京都大学(2004年、2006年、2008年、2015年)、一橋大学(2005年、2007年、2009年、2013年)、九州大学(2010年)、名古屋大学(2011年)、静岡大学(2012年)、東京工業大学(2014年)、東京大学(2016年)で開催された[386]。
^ 岡田が1994年から6年間京都大学経済学部において担当していた授業「経営数学」では1学期に最適化理論を、2学期にゲーム理論を扱っており、本書はゲーム理論パートの講義ノートを書籍化したものである[404]。2011年には同じく有斐閣より第2版が刊行されている[405]。
^ 大まかな傾向としては、1980年代までは一般均衡理論を中心とした数理経済学者の受賞が全盛であったが、1990年代以降ではゲーム理論を始めとする学際的な新領域の開拓に貢献した経済学者の受賞が目立つようになっている[435]。
^ 受入保留方式は、発明者である2人の名前を冠してゲール=シャープレー・アルゴリズムとも呼ばれる。
^ 「結婚問題」だけでなく「大学入学許可問題」と呼ばれるマッチング市場のモデルにおいても選好がresponsivityの仮定を満たせばコアと安定マッチングが対応することがロスによって証明されている[462]。
^ 伊藤秀史の指摘によれば、この「契約理論」という呼称はエコノメトリック・ソサイエティの第5回世界大会(1985年)においてハートとホルムストロムが"The Theory of Contracts"というタイトルの招待講演を行ったのが最初の事例であり、それが影響で「契約理論」という呼称が広まったとされている[171]。
^ ただし実際には、ゲーム理論家の間では1990年代以降、不完全観測(英: imperfect monitoring)下の繰り返しゲームの研究が精力的に行われている[385]。東京大学教授の神取道宏は「完全観測下でのトリガー戦略」だけが繰り返しゲームであるかのような認識について、「残念な誤解」、「良くある誤解の一つ」と述べている[466]。
^ 引用文の和訳は以下の通りである。
繰り返しの状況に関する最近の理論モデルの予測では、各個人は最適な均衡を形成するような混合戦略を外部から強制されることなく選択する。しかし、そのような戦略が選択されるためにはかなりの情報がプレイヤーに必要であるが、そのような状況が現実に観察されることは稀である。
^ 鼎談の収録日は2015年6月15日[469]。引用部分に続いて岩井はアダム・スミスらが肯定的に論じた分業が「知識の分業」にまで拡大している現状に対して「情報の非対称性」や「専門家倫理」という観点から警鐘を鳴らしている[468]。