ゲーム理論 ⅩⅨ【】コンピュータ科学・交通工学・経済学 …
ノーベル経済学賞との関係
ノーベル経済学賞は1968年にスウェーデン国立銀行の設立300周年祝賀の一環として設立された。
「ノーベル経済学賞」も参照
ゲーム理論創始者の一人であるモルゲンシュテルンにノーベル経済学賞を受賞させようとするキャンペーンがシュエーデラー、シャープレー、シュービック、オーマンらを中心に行われていたが、モルゲンシュテルンは1977年にノーベル賞を受賞することなく死去してしまった。ゲーム理論家がノーベル賞を最初に受賞したのは1994年であり、『ゲームの理論と経済行動』出版50周年を記念しての授与であった。
社会科学である経済学は自然科学の多くの分野とは異なり、実験によって学派や理論の優劣が決定されにくいため、各時代における学界における勢力図がノーベル賞の選考に直接影響する。ノーベル経済学賞の受賞傾向は経済学の歴史を写すものであり、本節ではノーベル経済学賞を受賞した経済学者の中でも特に業績に関してゲーム理論との関わりが深いものを紹介する。
アロー(1972年)とドブルー(1983年)の受賞
「一般均衡理論」も参照
ケネス・アローとジェラール・ドブルーは一般均衡理論を精緻化した業績によりそれぞれノーベル経済学賞を受賞した。完全競争市場を分析対象とする一般均衡理論はゲーム理論が登場する以前の数理経済学の主流なパラダイムであったが、1954年に発表されたアローとドブルーの共著論文 "Existence of an equilibrium for a competitive economy" においてナッシュ均衡の存在定理を応用して完全競争市場の一般均衡の存在を証明した。一般均衡理論の批判として登場したゲーム理論の一般均衡理論への貢献は逆説的であったが、彼らの研究はゲーム理論の力を示すものとして受け入れられた。
サイモンの受賞(1978年)
詳細は「ハーバート・サイモン」を参照
ハーバート・サイモンは1978年に「経済組織内部での意思決定プロセスにおける先駆的な研究」を称えられてノーベル経済学賞を受賞した。サイモンは『ゲームの理論と経済行動』が出版される以前からフォン・ノイマンらの研究に注目しており、最も早く書評を発表している。サイモンは1957年に「合理的選択の行動主義的モデル」という論文の中で人間の合理性には限界があることを「限定合理性(英: bounded rationality)」と名付け、限定合理性の下でのヒューリスティクスと呼ばれる問題解決方法を提示したが、これはフォン・ノイマンやモルゲンシュテルンによって構築された合理性を前提とした意思決定理論への挑戦であり、サイモンによって提起された限定合理性の問題はそれ以後ゲーム理論の基本問題となっている。
ブキャナンの受賞(1986年)
詳細は「ジェームズ・M・ブキャナン」および「公共選択論」を参照
ジェームズ・ブキャナン(1919 - 2013)
ジェームズ・ブキャナンは1986年に「公共選択の理論における契約・憲法面での基礎を築いたこと」を称えられてノーベル経済学賞を受賞した。ブキャナンは1962年に出版されたゴードン・タロックとの共著書 "The Calculus of Consent: Logical Foundations of Constitutional Democracy" において既に官僚、政党、投票者といった政治的な意思決定主体をゲーム理論の枠組みを用いて分析していた。ブキャナンは一貫して方法論的個人主義のに立脚し、各個人のレベルを意思決定主体(プレイヤー)とみなすことによって政策立案や官僚機構といった政治プロセスそのものをミクロ経済学ないしゲーム理論の枠組みで分析する方法論を確立した。これは、現代さかんに研究されている比較制度分析のような制度それ自体を対象とした経済学的分析の先駆的な研究であり、同時に個人選好をいかなる集合的意思決定に結びつけるのかを問う試みでもあった。ブキャナンによって創始されたこの「公共選択」と呼ばれる分野は1970年代までは学術誌Public Choiceを牙城とするバージニア学派の一連の研究を指すに留まっていたが、1980年代後半以降の非協力ゲーム理論の発展に伴って公共選択の研究は学派の枠を超えて活発に進められるようになった。現在では動学ゲームや不完備情報ゲームといった新しい非協力ゲーム理論の分析手法が公共選択の研究にも取り入れられ、目覚ましい学術的成果を生み出し、現実の政策形成に一定の説明力を発揮するまでに至っている。
ブキャナンの業績は日本でも広く知られており、『公共選択の理論』、『赤字財政の政治経済学』、『立憲的政治経済学の方法論』など、10冊以上の文献の日本語訳が出版されている。また、慶應義塾大学は「日本のバージニア学派」と呼ばれ、ブキャナンの教え子でもある加藤寛教授の研究グループを中心に日本における公共選択の研究が進められている。
コースの受賞(1991年)
ロナルド・コース(1910 - 2013)
ロナルド・コースは「制度上の構造と経済機能における取引コストと財産権の発見と明確化」を称えられて1991年にノーベル経済学賞を受賞した。コースは1937年の論文 "The nature of firm" において企業組織内の資源配分を分析する上での取引コストの重要性を指摘した。この指摘は、1980年代に日本経済が欧米の地位を揺るがすようになって「日本型経営」が注目されるに至ると現実に経済全体のパフォーマンスを左右する重要な要因として強く意識されるようになり、ゲーム理論によって分析されるようになった。コースは自由放任主義によってパレート効率的な配分が実現されるためには交渉費用などの取引コストが十分に小さい必要があることを指摘したが(コースの定理)、ゲーム理論はコースによって漠然と指摘された自由放任主義の限界を体系的・統一的に示すことに成功したと評価されている。
また、コースが問題としていた法律、制度、財産権などのトピックは、後の1990年代に発展した不完備契約の理論によって研究されている。
ノースとフォーゲルの受賞(1993年)
詳細は「ダグラス・ノース」および「ロバート・フォーゲル」を参照
ダグラス・ノースとロバート・フォーゲルは「経済理論と計量的手法によって経済史の手法を一新した」業績を称えられて1993年にノーベル経済学賞を受賞した。ノースは主著『制度・制度変化・経済成果』(1990年) の書き出しで「制度は社会におけるゲームのルールである」と語っている。
ナッシュ、ハルサニ、ゼルテンの受賞(1994年)
詳細は「ジョン・ナッシュ」、「ジョン・ハルサニ」、および「ラインハルト・ゼルテン」を参照
ジョン・ナッシュ、ジョン・ハルサニ、ラインハルト・ゼルテンらは「非協力ゲームの均衡の分析に関する理論の開拓」を称えられて1994年にノーベル経済学賞を受賞した。『ゲームの理論と経済行動』出版50周年を記念しての授与であったとされる。ナッシュは長らく統合失調症と闘病しており、ノーベル賞選考委員会は式典当日にナッシュに何かハプニングがあった際の対応のためにハルサニとゼルテンを同時に受賞させたという話もある。ゲーム理論におけるナッシュの最大の功績は「ナッシュ均衡」概念の導入であり、この均衡概念はあらゆるクラスのゲームに対して適用が可能である。
ヴィックリーとマーリーズの受賞(1996年)
詳細は「ウィリアム・ヴィックリー」および「ジェームズ・マーリーズ」を参照
ウィリアム・ヴィックリーとジェームズ・マーリーズは「情報の非対称性のもとでの経済的誘因の理論に対する貢献」を称えられて1996年にノーベル経済学賞を受賞した。ヴィックリーが1961年に発表した論文 "Counterspeculation, Auctions, and Competitive Sealed Tenders" はオークション理論の先駆的研究とされる。現在ではゲームヴィックリーが留保価格に関して私的情報持つ潜在的な入札者に対して売り手が期待収入を最大化するオークション制度を分析した一方で、マーリーズは政府をプリンシプル、納税者をエージェントとして定式化された課税制度を分析し。これらはゲーム理論だけでなく、契約理論(英: contract theory)の主要な応用分野としても評価されている。
センの受賞 (1998年)
アマルティア・センは「所得分配の不平等にかかわる理論や、貧困と飢餓に関する研究についての貢献」を称えられて1998年にノーベル経済学賞を受賞した。センの専門分野である社会選択理論は当初はゲーム理論と独立に研究されていた。しかし、1970年代にギバートとサタスウェイトが「戦略的操作可能性定理」を証明したことにより、社会的選択における戦略的側面が重要視されるようになり、センの「自由主義のパラドックス」と並んで「戦略的操作可能性定理」が盛んに研究されるようになった。アローやセンによって嚆矢が放たれた社会選択理論は、今日ではゲーム理論の応用分野として研究されている。
アカロフ、スティグリッツ、スペンスの受賞(2001年)
詳細は「ジョージ・アカロフ」、「ジョセフ・スティグリッツ」、および「マイケル・スペンス」を参照
ジョージ・アカロフ、ジョセフ・スティグリッツ、マイケル・スペンスらは「情報の非対称性を伴った市場分析」を称えられて2001年にノーベル経済学賞を受賞した。1970年代に彼らはそれぞれ中古車市場、労働市場、保険市場を分析し、経済主体が何らかの私的情報を持つとき自由競争市場が従来の新古典派経済学のモデルと大きく異なる働きをすることを示して大きな注目を集めた。「逆選択」、「シグナリング」、「モラルハザード」などの概念によって知られるこれら一群の研究は現在では「情報の経済学」と呼ばれ、ゲーム理論の応用分野として20世紀末に急速に発展した。
カーネマンとスミスの受賞(2002年)
ダニエル・カーネマンとバーノン・スミスは「行動経済学と実験経済学という新研究分野の開拓への貢献」を称えられて2002年にノーベル経済学賞を受賞した。心理学者であったカーネマンはサイモンの提唱したヒューリスティクスを多面的な視点から取り上げ、フォン・ノイマンとモルゲンシュテルンが築いた期待効用理論を批判し、プロスペクト理論と呼ばれる体系を創始した。カーネマンの一群の研究は今日では「行動経済学」と呼ばれる学問となっており、行動経済学の観点から限定合理性の理論、学習理論、公平性や互恵性の理論を研究するゲーム理論の分野は「行動ゲーム理論」と呼ばれる。
グレンジャーの受賞(2003年)
クライヴ・グレンジャーは「時系列分析手法の確立」を称えられて2003年にロバート・エングルと共同でノーベル賞経済学賞を受賞した。グレンジャーは時系列分析と呼ばれる統計学の分野の専門家であり直接的にはゲーム理論とは関係なかったものの、ゲーム理論の創始者モルゲンシュテルンとの親交が深い人物であった。グレンジャーはモルゲンシュテルンと同時期にプリンストン大学に在籍しており、1967年にモルゲンシュテルンの65歳記念論文集が編纂・出版された際には論文を寄稿している。さらに1970年にはモルゲンシュテルンと二人で株式市場における予測性についての共著論文を書いている。この共著論文は、当時生まれつつあったランダムウォーク仮説を体系的に検証するものであった。
シェリングとオーマンの受賞 (2005年)
詳細は「ロバート・オーマン」および「トーマス・シェリング」を参照
ロバート・オーマンとトーマス・シェリングは「ゲーム理論の分析を通じて対立と協力の理解を深めた功績」を称えられて2005年にノーベル経済学賞を受賞した。ゲーム理論家の受賞は2004年のナッシュらに次いで2件目であった。経済学出身のシェリングと数学出身のオーマンの研究手法は対照的であり、この二人の同時受賞には一定の配慮があったという指摘がある。
ハーヴィッツ、マイヤーソン、マスキンの受賞(2007年)
詳細は「メカニズムデザイン」を参照
レオニード・ハーヴィッツ、ロジャー・マイヤーソン、エリック・マスキンらは「メカニズムデザインの理論の基礎を確立した功績」を称えられて2007年にノーベル経済学賞を受賞した。
オストロムの受賞(2009年)
詳細は「エリノア・オストロム」を参照
エリノア・オストロムとオリバー・ウィリアムソンは「経済的なガヴァナンスに関する分析」に関する功績を称えられて2009年にノーベル経済学賞を受賞した。オストロムは、1990年代に公共財供給ゲームの教室実験や自然実験を実証分析することによって、森や湖などの共有資源を自主統治できる可能性を示した。丹念な実証研究からゲーム理論の新たな研究領域を開拓したオストロムの業績は理論研究者からも高く評価されている。
オストロムは、共有資源の管理に関して緻密な実証分析をしただけではなく、1990年代にはゼルテン(1994年ノーベル賞受賞)などの理論研究者とともに、共有資源管理に関する理論研究も行っている。オストロムはそれら一連の共同研究によって、公共心の進化的起源を考察しているが、彼女らが分析した公共心は現代の行動経済学や行動ゲーム理論と呼ばれる分野においては「社会的選好」と呼ばれている。
シャープレーとロスの受賞(2012年)
詳細は「ロイド・シャープレイ」および「アルヴィン・ロス」を参照
ロイド・シャープレイとアルヴィン・ロスは「安定配分理論と市場設計の実践に関する功績」を称えられて2012年にノーベル経済学賞を受賞した。シャープレーはゲーム理論の草創期から数々の重要な貢献をしてきたが、ノーベル賞受賞理由となったのは1962年にデビッド・ゲールとの共著論文の中で考案された受入保留方式(英: deferred acceptance algorithm)に関する業績であった。Gale & Shapley 1962は「結婚問題」と呼ばれる抽象的な数学パズルにおいて必ず「安定マッチング」が存在することを受入保留方式によって証明したが、この「安定マッチング」は協力ゲーム理論におけるコアに対応する概念である。このシャープレーらの研究はマッチング理論(英: matching theory)と呼ばれるゲーム理論の応用分野の先駆的研究と見なされているが抽象的な数学理論であったため、当初は経済学などの現実問題への応用は想定されていなかった。
これに対して、ロスは1984年に発表された論文において、受入保留方式が当時米国の「研修医マッチング制度」が試行錯誤の末用いるに至ったアルゴリズムと同等であることを発見し、これによって受入保留方式が現実の制度設計に応用可能であることが明らかになった。ロスらによって発展されたマッチング理論は研修医マッチング制度の他にも学校選択制や腎移植ドナー交換制度に応用されている。
ティロールの受賞(2014年)
ジャン・ティロールは「市場の力や規制についての分析」を称えられて2014年にノーベル経済学賞を受賞した。ティロルの創始した「新産業組織論」ではゲーム理論によって戦略的な企業行動や企業の内部構造を直接モデル化することが可能になり、それによってデータから因果的な情報を引き出す現在の実証的な産業組織論の道が開けたのである。
ハートとホルムストロムの受賞(2016年)
詳細は「オリバー・ハート」、「ベント・ホルムストローム」、および「契約理論」を参照
オリバー・ハートとベント・ホルムストロム「契約理論に関する功績」を称えられて2016年にノーベル経済学賞を受賞した。契約理論は一般均衡理論的な問題には触れずに少数経済主体の取引関係を分析するため、ゲーム理論の一分野とみなされることも多い。具体的には、契約理論の基本モデルであるモラルハザードと逆選択はそれぞれ展開形ゲームのサブゲーム完全均衡とベイズ完全均衡に対応している。ただし契約理論は、ゲームの均衡概念を明示することなく一般均衡理論のような条件付き最適化モデルとして問題を分析するため、契約理論をゲーム理論とは独立した「ミクロ経済学の第三の分野」と捉える見方もある。ハートとホルムストロムは1970年代から1980年代にかけて最適なインセンティブを設計するための分析的枠組みを確立しており、今日的な契約理論の基本モデルの構築に貢献している。ゲーム理論の成果は経済学の枠組みを大きく変え、現実の制度設計などにも広く応用されているが、その多くがハートやホルムストロムらによって確立された契約理論を通じて実装された。
批判