ゲーム理論 ⅩⅧ【】宗教学・教育学・教育政策・会計学 

コンピュータ科学

コンピュータ科学の分野では、ネットワークに接続されたコンピュータを上手く協調させる方法を研究するために繰り返しゲーム理論が応用されている[422]。コンピュータ科学や工学系の研究者はインターネットの研究において「複数のエージェントが独立に行動する中でのシステム設計」という問題に初めて直面しており、彼らがそうした問題に対処するためにゲーム理論を応用しようと試みたのである。

交通工学

交通渋滞。渋滞は自動車運転に伴う負の外部性によって発生する。

自動車を運転する際に、どの道を選択したら短時間で目的地に到着することができるかは、各道路の交通量、すなわち他の運転手の選択に依存する。したがって、ナッシュ均衡によって交通量を予測することが理論上は可能である。実際、土木計画学研究委員会が静岡県浜松市周辺の道路交通量を調査したところは、ナッシュ均衡が現実の交通量データを約85%の精度で予測できていることが確認された。欧米では、ナッシュ均衡を用いた交通量の予測は実務において定着しており、道路交通量の計算専用のソフトも市販されている。

さらに、予測だけでなく渋滞を緩和するシステムの設計にもゲーム理論が応用されている。英国ロンドンでは交通渋滞が深刻な社会問題になっていたため、2003年から混雑税と呼ばれる制度が導入され、一定の成果を上げている。

スポーツ
ペナルティキックの瞬間。キッカー、キーパーともに(キッカーから見て)左側を選択したのが見て分かる。Palacios-Huerta 2003の推計ではこのようなケースにシュートが決まる確率は69.92%であった。ミニマックス理論による分析では、この69.92%という値が戦略ベクトル(左, 左)に対するキッカーの利得として解釈される。
アビナッシュ・ディキシットとバリー・ネイルバフが執筆した世界中で最も広く読まれているゲーム理論の入門書『戦略的思考とは何か』では、混合戦略の導入として野球の試合におけるピッチャーとバッターの駆け引きに関する事例が紹介されている[425]。実際、スポーツの多くの場面はゼロサムゲームであり、さまざまなスポーツがミニマックス理論と呼ばれるゲーム理論の枠組みによって研究されている。
テニスにおいて、サーバーがサーブをレシーバーの右側に打つか左側に打つかは重要な戦略である。ウォーカーとウッダースは1974年から1997年までのグランドスラム大会とテニスマスターズカップのデータを用いて世界大会レベルのテニスプレイヤーのプレーが混合戦略の予測に合致しているかを調査した[6。まず、サーバーがサーブをレシーバーの右側に打つか左側に打つかが統計学的に分析され、サーブの方向が十分に頻繁に変えられていることが確認された。その上で、右側に打った場合と左側に打った場合とで勝利確率が統計学的に等しくなるように打ち分けられていることが確認された。これは、テニスプレイヤーのサーブにおける左右の打ち分けが混合ナッシュ均衡戦略になっていることを意味している。さらに、Hsu, Hung & Tang 2007などの後続研究によってウォーカーらの仮説はより強く検証されている。
サッカーのペナルティキックにおいて、キッカーが左右どちらに蹴るかは重要な戦略であり、同様にキーパーが左右どちらにジャンプするかも重要な戦略である。Palacios-Huerta 2003は1999年から2000年までの間にヨーロッパで行われたサッカーの試合における1417本のペナルティキックのボールが蹴られた方向と成功率を解析したところ、混合ナッシュ均衡と現実のデータが合致していることが確認された。
これらの研究は一見すると経済学とは関係なさそうであるが、その動機は実験経済学に由来している。従来の実験では学生を被験者として集めて実験室内で実験が実施されており、理論的予測に合致しない結果が多かった。それに対して、プロスポーツのようにゲームの勝敗がプレイヤーにとって深刻な意味を持つケースを調査することによって、ゲーム理論の設定をより正確に再現することが可能になったのである。

経済学

産業組織論

戦後先進諸国の独占禁止政策に大きな足跡を遺した経済学は「伝統的産業組織論Old Industrial Organization Theory)」と呼ばれ、その内部では「ハーバード学派Harvard School)」と「シカゴ学派Chicago School)」が互いに拮抗していた[429]

ハーバード学派は1930年代のチェンバリン(: E.H.Chamberlin)とメイスン(: E.S.Mason)の先駆的研究によって誕生し、60年代から60年代にかけてのベイン(: J.S.Bain)やケイブス(: R.E.Caves)らの研究によって体系的に完成され、その後ケイセン(: C.Kaysen)、ターナー(: D.F.Turner)、シェラー(: F.M.Scherer)らに受け継がれた一群の経済理論・政策思想集団を指す。彼らは、「SCPパラダイム」や「集中度・利潤率仮説」と呼ばれる立場から、厳格な独占禁止政策を主張した[429]。「SCPパラダイム」とは、産業組織を「市場構造」(市場競争および価格設定に影響を与える市場組織上の特徴)、「市場行動」(各企業が市場の需給条件や他の企業の戦略を考慮して行う行動)、「市場成果」(資源配分効率性や経済権力の分散化)という三要素に類型化して、「市場構造(Structure)→市場行動(Conduct)→市場成果(Performance)」という因果関係があると考えるアプローチである。また、「集中度・利潤率仮説」とは、「寡占的・独占的産業における企業間の共謀や協調的行動」や「高い参入障壁に守られた競争制限的行為のため、超過利潤が発生する」という理由から、競争的市場における市場集中度と利潤率とが相関関係を持つという仮説である。

このように厳しい独占規制を主張した「ハーバード学派」に対して、「シカゴ学派」とはノーベル賞経済学者スティグラー(: G.J.Stigler)に道を切り拓かれ、デムゼッツ (: H.Demsetz)、ブローゼン (: Y.Brozen)、ディレクター(: A.Director)、ポズナー(: R.Pozner)らによって発展された一群の経済理論・政策思想集団を指す。その特徴は、「強固な事前均衡」と呼ばれる市場メカニズムへの強い信頼から、「価格理論のレンズ」を産業組織の分析に厳密に適用することである。そこで、彼らは市場の「自然淘汰」をくぐり抜けた企業こそ「適者生存」の具現であり、「ハーバード学派」が主張するような裁量的な政府介入は効率性を損なうので、原則的には自由市場経済が望ましいと考える。シカゴ学派は、集中度と利潤率の間の正相関は一時的不均衡にすぎず、あるにしても大企業の優れた効率性を反映するものであると反論した。

これらに対して、1970年代にハーバード学派でもシカゴ学派でもない産業組織論の第三の潮流である「新しい産業組織論New Industrial Organization Theory)」が誕生した。伝統的産業組織論は完全競争モデルと独占モデルの域を出ない素朴な理論的枠組みを用いていたのに対して、新産業組織論は「ゲーム理論の静かな革命」の中で完成されたゲーム理論的手法を駆使することによって寡占市場をミクロ経済学的に分析することを可能にした。

非協力ゲーム理論を取り入れた新産業組織論は産業分析を飛躍的に発展させ、「産業経済学の理論的発展の黄金時代」とも称された。新産業組織論の主要な成果としてはコンテスタビリティ理論Contestability Theory)と戦略的参入阻止価格理論Strategic Limit-Pricing Theory)が挙げられる。