ベトナム戦争 ⅡⅥ:20年戦争:アメリカ・フランス・中東・…
戦争犯罪
サイゴン市内に放置された南ベトナム解放民族戦線兵士の死体
ベトナム戦争終結後の歴代のアメリカ政府や議会は、アメリカ合衆国がベトナム全土の共産主義体制化と、ベトナムを基点として東南アジア全域が「ドミノ理論」による共産主義化されることを抑止するために、ベトナム戦争に軍事介入したこと、枯れ葉剤・クラスター爆弾・対人地雷など、不発弾による環境破壊や人的被害に対して、いかなる謝罪も金銭賠償していない。2009年のオバマ大統領の就任演説においても、アメリカ合衆国の利益や正義を追求した先人たちの行為や努力や犠牲の事例として、アメリカ独立戦争・南北戦争・第二次世界大戦とともに、ベトナム戦争を戦ったことを『英雄』として賞賛している[132]。
また、南ベトナム解放民族戦線(および北ベトナム軍)がベトナム戦争中に自国民に対して行なった数々のテロリズムに関し批判もされるが、ベトナム政府もアメリカ政府と同様に謝罪するコメントを出していない。
南ベトナム解放民族戦線の攻撃による民間人被害
サイゴン市内のテロ事件現場
1964年1月のクーデター以来、南ベトナム政府による都市や村落への支配力はきわめて不安定となった。この頃南ベトナム解放民族戦線 (および北ベトナム軍)により、南ベトナム政府が任命し村落・郡部に派遣した首長・官吏・役人が襲撃・殺害・誘拐されるテロ攻撃が各地で頻発し、一般人への被害も出した。
南ベトナム政府の公式発表によると、南ベトナム解放民族戦線との戦闘およびテロに巻き込まれて全土で犠牲となった南ベトナム民間人(官吏・役人を含む)は、1962年には1719人、1963年には2073人、1964年には1611人、1965年の1月から5月には539人である[133]。アメリカ国務省の発表では、1964年には官吏や村長が436人と民間人1350人が全土で南ベトナム解放民族戦線による攻撃の犠牲になったとしている[134]。
枯葉剤・ナパーム弾
アメリカ軍は南ベトナム解放民族戦線の浸透作戦を防ぐ目的で枯葉剤を大規模に利用した。戦後になりベトナム市民やアメリカ軍のベトナム帰還兵の間で枯葉剤への接触を原因とする健康被害や出産異常が発生した。環境への影響を防ぐことができない枯葉剤を利用することの国際法上の問題と合わせて批判が存在する。結合双生児のベトちゃんドクちゃんは枯葉剤を原因とするといわれ、日本でも広く知られた。
詳細は「ベトちゃんドクちゃん#枯葉剤の影響」および「枯葉剤#ベトナム戦争における枯葉剤」を参照
広範囲を焼き付くすナパーム弾についても人道的な観点から批判が多かった。焼夷兵器については戦後の1980年に特定通常兵器使用禁止制限条約において市民に被害が出る可能性がある際の使用が禁止された。
詳細は「ナパーム弾#種類」および「焼夷弾#焼夷剤の種類」を参照
また、これらの兵器による被害は、当然ながら対人だけでなく、絶滅危惧種や自然環境そのものにも大きな被害を与えた。後世、エコロジー(環境)に対するジェノサイド(虐殺)、つまり「エコサイド(英語版)」として語られる被害も多かった。