TOCANA > 日本 > 陰謀社会学 > 絶対に知るべき「國體ネットワーク」中心人物5人とは?
戦後日本の“真実の歴史”を語る上で、絶対に知るべき「國體ネットワーク」中心人物5人とは? 落合莞爾インタビュー
2016.09.17
,
「京都皇統」なる独自のソースから得た衝撃的な歴史情報を「落合秘史シリーズ」として公開し続け、一部から熱狂的な支持を受ける落合莞爾氏のインタビューを敢行した。落合氏がメディアのインタビューに答えるのは初めてである。
【第1回はコチラ】
■大塔宮護良親王の王子・王孫がイギリスの王家ウィンザー家となった?
※2014年の暮れに落合氏が公刊した『欧州王家となった南朝皇統』では、大塔宮護良親王が鎌倉を脱出して西大寺入りした後の「大塔政略」の展開をテーマとし、大塔宮の王子・王孫がオランダ王家オランイェ・ナッソウ家およびベルギー王家ザクセン・コーブルグ・ゴータ家となり、さらにイギリスの王家ウィンザー家となった経緯が述べてられている。
――「大塔宮の王子・王孫がイギリスの王家ウィンザー家となった」という点について、もう少し教えていただけますか?
落合莞爾氏(以下、落合) ウィンザー家とは、第1次大戦でドイツを敵国としたため用いた仮称で、正確にはハノーヴァー・コーブルグ王家です。その前のハノーヴァー王朝でジョージⅢ世の男系が絶えたので王位を継承した孫のヴィクトリア女王と、夫君アルバート公のザクセン・コーブルグ・ゴータ家の家名を併せてハノーヴァー・コーブルグ家と呼ぶのです。
ハノーヴァー王朝の前は、イングランドとスコットランドによる同君連合グレートブリテンの女王アンが、スコットランド王家のスチュアート家から出たので、スチュアート朝と呼びます。スチュアート朝の始祖は、現在フランス領のアレモリカ(ブルターニュ)から渡来したケルト人の小貴族です。
■京都皇統とは睦仁親王および堀川辰吉郎を中心とする皇統のこと
――お話の中にたびたび登場する「京都皇統」というのはどんな人たちなのでしょう?
落合 京都皇統とは、堀川御所に入った睦仁親王およびその王子・堀川辰吉郎を中心とする皇族のことですが、ここでは具体的人名を憚り「京都皇統」とするしかありません。もっとも、拙著を通覧された読者なら、すでにご正体に気付いておられるはずです。
堀川辰吉郎の薨去は表向きでは昭和41年(1966)12月19日とされていますが、実際はその5年後であったことを数か所から聞いています。その年の9月に住友軽金属から野村証券に転職した私は、総合企画室企画課長代理を命じられて証券取引法を勉強していましたが、10月の末頃になると部内が急にあわただしくなりました。
当時の野村証券相談役の健康状態が悪化したので叙勲工作をしていたのです。相談役は11月7日に他界しますが、これが堀川辰吉郎の(本当の)薨去と関連していたことも、数か所から聞いています。
大徳寺塔頭如意庵を再興した立花大亀和尚が野村証券社長を総理大臣・池田勇人に引き会わせ、京都大学の同窓として支援を勧めたことは周知の事実ですが、これは表面に浮上した現象に過ぎません。戦後史の深層に存在するのは、下記の5人が密接に絡む國體ネットワークです。この相互関係を見極めないで説く戦後史は、歴史理解の第一水準すなわち「事象羅列」の域を出ることはありません。5人を生年月日順に並べてみます。
國體天皇・堀川辰吉郎(1888~1971)
国事探偵・吉薗周蔵(1894~1964)
政界首脳・池田勇人(1899~1965)
宗教界首脳・立花大亀(1899~2005)
証券界首脳・元野村証券会長O(1903~1972)
堀川辰吉郎が実際に薨去した翌年の昭和47年(1972)に、國體ネットワークに一大異変が発生しました。辰吉郎の(実際の)薨去により、それまで一枚岩だった國體勢力が国際金融連合と國體護持勢力に分裂したのです。
画像は、『京都皇統の解禁秘史 天皇とワンワールド(国際秘密勢力)』より
落合 平成23年(2011)に京都皇統代から教わったところでは、堀川辰吉郎の薨去を機に大亀和尚に急接近してきたロスチャイルドが、國體ファンドを国際金融連合(ワンワールド・バンカー)のために使用することを要請したところ、大亀和尚は昭和天皇に上申することなく、独断でこれを了承したそうです。
國體ファンドの利用権は本来國體天皇の専管事項で、堀川辰吉郎が総括していましたが、辰吉郎の薨去によって自分の管轄となったと考えた大亀和尚が、独断でロスチャイルドの要請を容れたことが権限を越えていたのです。
国際金融連合は横田基地の在日米軍と結託しています。形式的にはアメリカ軍の下部機関とはいえ、東京を完全に軍事支配下に置く米軍横田基地の日本政体に対する影響力を無視することは、國體勢力にとっても得策とは言えません。ゆえに、大亀和尚がロスチャイルドの要請を受け入れようとしたのには、ムリからぬ理由もあるのです。
ともかく、FRBを通じてこれを耳にされた昭和天皇は、直ちに大亀和尚を遠ざけ、これに代わる人物を「宗教人」の中から選ばれたので、國體ファンドの利用権は結局のところ、ごく一部しか国際金融連合に提供されなかったそうですが、大亀和尚の籠絡に成功したロスチャイルドはそのままでは収まらず、昭和天皇の弟君が国際金融連合と意を通じて大亀和尚を支援する立場をとったそうです。
結局、京都皇統と国際金融連合の軋轢が生んだ皇室内の対立は、昭和天皇の弟君同士がそれぞれの側に入ることによって表面上収拾し、以後は國體側と政体・国際金融連合側が微妙な均衡を保つこととなりますが、この一件が朝野の各所で亀裂をもたらしたのは当然のことです。
皇室内部に生じた亀裂は2002年頃に修復されましたが、政体の下級機関や国際金融連合の末端組織はこれを知らされなかったため、彼らから反國體工作を請け負った蒙昧マスコミによる雅子妃殿下バッシングどころか、皇太子ご兄弟の不仲を取り沙汰し、その甚だしきは『新潮45』2013年3月号において、無恥な宗教学者が皇太子殿下に対し公然と退位勧告をするに至る始末です。
これを「競わず争わず」の行動規範によって放置していた皇室は、平成27(2015)年に至り、ようやくワンワールド各界(王室・宗教・軍事・金融)に対し「完全修復」の趣旨を明確に発信したので事態は変化しましたが、これまで反國體工作を請け負ってきたマスコミや、その下請けの物書きは、梯子を外されたままで、今後も惰性に従う外はないのでしょう。
■皇室はワンワールド各界に「完全修復」の趣旨を発信した?
――「國體勢力が国際金融連合と國體護持勢力に分裂した」とのことですが、國體護持勢力の方はどうなったのでしょう?
落合 わが國體は有史以来、常に海外からの侵略の危機に瀕しています。ことに先次大戦敗戦後の米ソ両極対立構造のもとで、アメリカによる軍事保護国の状態を脱することができず、今日に至りました。
加盟国は多くとも実質的には米ソを二本柱として成り立ってきた国連は、中国やインドの台頭によって多極化した世界支配構造のもとで今や機能不全が顕わになりました。中国の周辺に位置するカンボジやラオスは、中国の衛星国化のやむなきに陥り、フィリピンやヴェトナムも、国連をアテにしていたら国家独立を維持できなくなります。
この情勢がわが國體にも影響を及ぼすのは当然ですから、國體護持のために日夜苦労していますが、ここで具体的に述べることではありません。
――「皇室は、2015年に至り、ようやくワンワールド各界(王室・宗教・軍事・金融)に対し「完全修復」の趣旨を明確に発信した」について、もう少し教えてください。
拝察するに、國體資金をめぐりわが皇室に生じた亀裂は完全に消滅し、皇室は完全に一本化された、ということでしょう。
(聞き手・構成 高橋聖貴)
【第3回は明日配信 http://tocana.jp/2016/09/post_10918.html 】
落合莞爾(おちあい・かんじ)
1941 年、和歌山市生まれ。東京大学法学部卒業後、住友軽金属を経て経済企画庁調査局へ出向、住宅経済と社会資本の分析に従事し、1968~69年の『経済白書』の作成に携わる。その後、中途入社第1号として野村証券に入社、商法および証券取引法に精通し、日本初のM&Aを実現する。1978年に落合莞爾事務所を設立後は経営・投資コンサルタント、証券・金融評論家として活躍。日本および世界の金融経済の裏のウラを熟知する人物として斯界では著名な存在である。著書に『先物経済がわかれば本当の経済が見える』(かんき出版)、『天才画家「佐伯祐三」真贋事件の事実』(時事通信社)、『金融ワンワールド』、「落合秘史シリーズ」として『明治維新の極秘計画』『南北朝こそ日本の機密』『国際ウラ天皇と数理系シャーマン』『奇兵隊天皇と長州卒族の明治維新』『京都ウラ天皇と薩長維新政府の暗闘』『欧州王家となった南朝皇統』『ワンワールドと明治日本』(いずれも成甲書房)などがある。
・公式ホームページ http://www.kishu-bunka.org/