2016.08.07

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「車椅子の天才物理者」ことスティーヴン・ホーキング博士が今の社会に警鐘を鳴らしている。価値観が富に偏重した文明は、必ず滅びるというのだ。


■嫉妬と孤立主義が社会を崩壊へ導く

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Guardian」の記事より

 スティーヴン・ホーキング博士が英紙「Guardian」に寄稿した記事が話題を呼んでいる。以前はあまりメディアに姿を現さなかったホーキング博士だが、この1、2年、積極的に社会問題について意見を発信するようになっている。メディアに寄せた今回の最新発言は、EU離脱を国民投票で決議した母国イギリスの動向を受けてのもののようだ。

 ホーキング博士はイギリスのEU離脱はまったくの間違いであることを、国民投票の前から主張してきた。しかし何故、イギリス国民はEU離脱を選んだのか。それは昨今の社会を覆う、“富”に偏重した価値観によるものだという。そして価値観が極端に“富”に傾いているからこそ、人々は不公平感を抱くのだとホーキング博士は説明している。それを最もよく表しているのが、デイビッド・キャメロン氏から首相の座を引き継いだ、テレサ・メイ氏の就任時の発言だ。

「国家の資産を、多くの国民に分け与える経済改革が必要とされています」(テレサ・メイ首相)

 もちろん博士も、個人が自由に生きられるという意味でのお金の重要性は痛感しており、ある程度の生活費がなければ自身のこれまでのキャリアがなかったことも認めている。しかしそれでも、純粋な資産を所有することについては、大いに疑問であるという。価値観が“富”に偏重することで、持たざる者は嫉妬心を募らせ、持つ者が孤立主義を深めるといった閉塞的な社会は崩壊へ向かうということだ。

「お金は知識や経験よりも重要ですか? 所有することは満足感を得る手段ですか? そもそも我々は本当に資産を所有することなどできるのですか? それは単に、つかの間、預かっているだけに過ぎないのでは?」(スティーヴン・ホーキング博士)

 こうした危機の時代にこそ必要なのが、“大聖堂建設計画”であるとホーキング博士は主張している。“大聖堂”というのはもちろんもののたとえだが、地上から天上を目指し、今の世代から将来の世代に引き継がれる壮大なプロジェクトが必要とされているということだ。その意味では確かに、宇宙開発分野はそのスケールの大きさからいっても人々を束ねる格好のプロジェクトになるということだろうか。

 

 

■「トランプは最も低レベルの扇動政治家」

 昨今進化が目覚しいAI(人工知能)に対しても、いち早く警戒を呼びかけてきたホーキング博士だが、最近のインタビューでは、やはり人間の強欲さがAIにも匹敵する現代の最大の脅威のひとつであると主張している。

「私たちは強欲さを失っていませんし、愚かさも改善されていません。それらに加えて、私は6年前から環境汚染と人口問題も懸念しています。そしてこれらの問題は、今なお悪化しているのです」(スティーヴン・ホーキング博士)

 また、現在の米大統領選についても自説を表明している。共和党の大統領候補に指名されたトランプ氏の人気が理解できないということだ。テレビのモーニングショー番組で意見を求められたホーキング博士だが、「(トランプ氏は)国民の最も低レベルの多数派を代表している扇動政治家のように見えます」と答え、現在のトランプ旋風に苦言を呈している。混迷を深める世界情勢の諸現象に、これほど積極的に発言するホーキング博士というのも前代未聞だろう。

「国民にEU離脱を選ばせた妬みと孤立主義はイギリスだけの出来事ではなく世界に蔓延しているものです。“富”の狭い定義と公平な再分配の失敗は、国境の壁を高いものにするでしょう。これが行き過ぎた場合、長期的な観点から私は人類の行く末について楽観的になることができません」(スティーヴン・ホーキング博士)

 今後の人類の行方に楽観的にはなれないというホーキング博士だが、まだ我々には成功を収める余地は残されているということだ。

「人間はいつでも臨機の才に溢れた存在であり、柔軟に環境に適応してきました。我々は“富”の定義に知識、自然資源、人間の能力などを加えて、より幅広いものにしなければなりません。そして同時に“富”をより公平にシェアすることを学ばなければなりません。これができれば、社会が一体になることに何の制限もなくなります」(スティーヴン・ホーキング博士)

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Daily Mail」の記事より

 豊かな生活は、現代の市場社会においてはある程度のお金がなければ実現しないようにも思える。しかし実際はお金だけではないことを、ホーキング博士はこのタイミングで改めて強く訴えたということだろう。時折博士は、まくし立てるように激しい表現も用いているが、これは良い意味でトカナが常々予想してきた「ホーキング博士の発狂」が現実のものになったと言えるかもしれない。同時代に生きる天才物理学者の発言に今後も耳を傾けたい。
(文=仲田しんじ)


参考:「Daily Mail」、「Guardian」、ほか