ユリシーズ【小説】Ⅸ 出版【外】重要度〇位
影響
『ユリシーズ』の影響を受けた最初の文学作品は小説ではなく、『ユリシーズ』を出版前から熱心に読んでいたT・S・エリオットの詩『荒地』(1923年)であった[39]。前述のように『ユリシーズ』に対して辛辣だったヴァージニア・ウルフの『ダロウェイ夫人』(1925年)にも、「意識の流れ」やテーマなどの点で『ユリシーズ』と多くの共通点があり、ジョイスを強く意識していたことを伺わせる[40]。「意識の流れ」は、ウルフの他にもシャーウッド・アンダーソン(『黒い笑い』)、トマス・ウルフ(『天使よ故郷を見よ』)、ウィリアム・フォークナー(『響きと怒り』)などで模倣されており、神話的方法はジョン・アップダイク(『ケンタウロス』)など、百科全書的手法はトマス・ピンチョン(『重力の虹』)などにもつながる[41]。また、ジョイスの影響を受けているナボコフは、『ユリシーズ』のロシア語訳を企てて果たせなかった[42]。ドイツ語圏で『ユリシーズ』の影響を受けた作家には、意識の流れや引用などの『ユリシーズ』的な手法で都市小説『ベルリン・アレクサンダー広場』を書いたデーブリーン、18時間のあいだのヴェルギリウスの意識の変化を追った長編『ヴェルギリウスの死』を書いたヘルマン・ブロッホ(彼はジョイスの助力を受けて亡命した)などがいる[41]。その他、辺境の土俗性に注目し『百年の孤独』を書いたガルシア・マルケスなど、『ユリシーズ』から直接間接に影響を受けた作家は枚挙に暇がない[43]。日本では伊藤整、丸谷才一がそれぞれ作家としての活動初期に『ユリシーズ』を翻訳し影響を受けている[44][45]。
ディヴィ・バーンのパブ店頭での「ブルームズデイ」の催しの光景。(2007年)
そのダブリンの描き方を嫌悪し、ジョイスを半世紀近く拒絶してきたアイルランドも、その後は国際的作家としてジョイスを受け入れている。現在、ダブリンには、本書の出だしに登場するマーテロー塔(現在ジョイス記念館になっている)をはじめ、主人公ブルームがレモン石鹸を買った薬局(同じ石鹸が陳列されている)、昼食を摂ったディヴィ・バーンのパブ(同じ軽食とワインが提供されている)、ブルームの足取りを追うプレートなど、各地に作品にちなんだ名所ができ重要な観光産業となっている[46][47]。また、『ユリシーズ』の物語が展開する6月16日は、現在ブルームズデイとして祝われ、各地で催しが行われている。