ネトオク男の楽しい異世界貿易紀行 作者:星崎崑 163/164
第163話 ダイヤモンドは永遠の香り
戦いは終わった。
俺の手には、さっき大精霊からもらったダイヤモンドの指輪。
そして、いつのまにかドレス姿になったディアナの前に立つ。
ディアナの鎧は、純白のドレスの上に着ける『姫騎士』仕様だったから、鎧を取ればドレスそのものになるのだ。
呼び名ってのは案外すぐには変えられないものだ。
でも、結婚するとなれば、さすがにご主人さまは変だろうな。
「本当はヒトツヅキが終わってからって思ってたけどさ。大精霊も気を利かせてくれたから、ここで結婚式をやるぞ。本物の神様の前でやれることなんか、そうないからな」
「はい。うれしいです、大精霊も……ありがとう」
「ふふ、礼を言いたいのは私のほうですよ。……私はこの瞬間を、生まれてからずっと……ずっと、待ち望んできたのですから」
神……正確には、すべてのAIは「かぐや」をベースにして作られているらしい。
つまり、この神、大精霊もベースはかぐやなのだ。
大精霊が言う「私自身であり、私の娘であり、私の親である」というのは、そういうわけなのだ。
「では……」
ディアナの左手を取り、その白く細っこくシミひとつない綺麗な指へ指輪を通す。
ディアナは俺の指へ指輪を。お互いの薬指へ。
さすがは大精霊からの贈り物、サイズもぴったりだ。
薬指にはまった指輪を目の前で眺め、はにかむディアナを見て、胸が熱くなる。
しっかし、まさか、本当に異世界で結婚することになるなんてな。
両親に怒られそうだな。
「じゃあ、せっかくだから大精霊に祝詞を唱えてもらおうか」
結婚式だから、もう一度ちゃんと誓いを立てるべきだよね。
大精霊の無駄使い……いや、有効な使い方か。
せっかく神が仲立ちをしてくれるのだ、神父の役目をやっていただこう。
「ふふ、いいでしょう。さあ、みなさんも二人を祝福してください」
大精霊が、いまだに茫然としているみんなに声を掛ける。
「な、なな、なんで結婚式になっちゃってるのー???? ゆ、指輪も交換してるし!」
「ほら、妬かないのベッキー。まだチャンスはあるわよ」
「主どのぉおお! 次はマリナの番でありますよー! マリナとだって約束したんでありますからね!!」
「ディアナさま、すっごく綺麗です!」
「本当に綺麗だ。うらやましいよ」
「こんな……こんな場所に立ち会うことができるなんて……今日は神官人生最良の日です」
みんな、いまいち状況を飲み込めてないようだが、それでも笑って祝福してくれている。
大精霊が、輝く羽を震わせて祝詞を唱える。
「それでは……。『健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも。富めるときも、貧しきときも、これを敬い、慰め、助け、その命果つ、その先まで、愛を守り抜くことを、ここに誓いますか?』」
ふたりで頷きあって、
「誓います」
そう宣言した。
「では、誓いのくちづけを」
大精霊の言葉で、俺はディアナと向き合った。
さっき、一度してるから二度目だが、あの時はほとんどドサクサだったからな。
「ディアナ。これからもいろいろあると思うけど、よろしくな」
「こちらこそ、よろしくなのです。これで、私が正妻! なのですよ?」
「しょっぱなから懐が深いなぁ」
そして、触れるだけのくちづけ。
ふたりは幸せなキスをして、末永く幸せに暮らしましたとさ。
そんな、物語のハッピーエンドみたいに、人生は簡単じゃないだろう。
だけど、ふたりで、いや、みんなできっと幸せに生きていける。
そんな確信が得られる、そんなくちづけだった。
みんなからの祝福の言葉が飛ぶ。
ディアナは人間になって、俺と正式に結婚した。
大精霊の話では、もう人間と同じように歳を取り、寿命で死ぬのだそうだ。
種族としてはハイエルフだが、もうハイエルフとしての特例も消滅するのだという。
そして、ハイエルフはディアナの代で終わり。俺とディアナとの間に子どもができたとしても、それは決してハイエルフにはならないのだとか。
「それと、鏡の制限を一部解除しておきましょう」
「えっ? それって」
「はい。あなたの奥さんになる者と、その子供たちは通過できるようにしておきます。さらに、オマケで自動修復機能も付けておきましょう。割れるたびに、夢幻の魔導士とセレーネに頼むのも大変ですからね」
「そういえば、鏡の修復のこと、大精霊も知ってるんですね」
「それがこの世界の歴史ですからね。当然知っておりますよ。正確には、この世界の歴史になった……のですが」
「な、なるほど……」
難しい話だ。とにかく、これからは鏡を通過できるようになるのだそうだ。
「そういえば、どうしてあの鏡って、人によって見え方が違ったんです?」
「万が一、因果が繋がる前にあちらの世界へ渡られてしまうとマズい者……例えばディアナには、かなり厳重なプロテクトを掛けていましたから、その影響でしょう。……ふふ、夢幻の魔導士とセレーネにはしてやられましたからね」
「それでは、ディアナ、アヤセ・ジロー。そしてみな。
大いなる運命に導かれ、因果は繋がりました。
これからの世界をどうするかは、あなたがたにゆだねます。
私は人造の神。人による人のための神。
いつまでも、いつまでも見守っています。
そろそろお別れです。
健やかにあれ。
――愛はとこしえに甘美なり」
大精霊は淡く笑って、大気に融けるように黄金色の輝きを残しながら去っていった。
委ねられても、普通に思ったように生活する以外にはないのだが、それも含めて自由にやれってことなのだろう。
「なんだか激動のヒトツヅキだったな、ほんと」
「私も……まさか、大精霊が顕現なさるとは思ってもみなかったのです」
「ふ、ははは。俺はありえると思ってたよ」
「マリナとも結婚式して欲しいのであります! 主どのぉ! マリナもがんばって戦ったでありますし!」
「あ、ああっ、わたしっ、わたしだって結婚してほしいんですけど!」
「ほら、ベッキーテンパらないで」
「ちょっと! 私が新婚なんだから、あなたたちは何日かおとなしくしているのです!」
マリナとレベッカさんとディアナにもみくちゃにされる。
なにげにレベッカさんにもプロポーズされてしまった。
「もちろん、マリナとも、レベッカさんとも結婚しますよ! みんな大好きだー!!」
新婚なのに、最低なことを叫びながら、俺の初めてのヒトツヅキは終わった。
たくさん用意してあった料理は、そのまま披露宴の料理となって、ドンチャン騒ぎは次の日まで続くことになる。
ヒトツヅキが終わったら、せわしなく冬の準備をするのだという。
――ここまでが、俺とディアナの特別な物語。
二人は幸せなキスをして、末永く幸せに暮らしましたとさ。