エステルドバロニア     作者:百黒   1章 魔物の国   6 動き出す王

 

コンソールウィンドウを開いてインベントリを選択し、幾つかのカードを適当に選んで取り出す。
 何もない空間から光る泡のエフェクトを放って現れたのは四枚のカード。
 これが魔物を召喚するのに必要な、【モンスターカルテ】だ。

 国に魔物を増やす方法は二通りあり、一つは制圧した領土で暮らす魔物を説得する方法。

もう一つはクジの景品だ。
 前者はランクの低い魔物しか揃わないが、交配で低確率だが

上位互換の魔物が生まれることがある。
 後者は無料ガチャと課金ガチャがあり、無料の方はクエスト達成の際に

貰えるポイントで引くことが出来、中くらいまでのランクの魔物が入手できる。

課金ガチャは想像の通り、現金で高ランクの魔物を入手できる。

 

そうして手に入れた魔物は、このモンスターカルテとしてインベントリに登録され、

召喚の際に使用することでカルテに書かれた魔物を手に入れることが出来る仕組みだ。

 カロンの手にはランク1の異形種【ガンパウダースライム】、ランク4の魔獣種【ガルム】、

ランク6の【ドラゴンゾンビ】、そしてランク8の魔獣種【ケルベロス】の4枚がある。
 魔物の初期の忠誠度は召喚の場合カルテのランクで決まる。
 ランク1なら90%、ランク2なら80%、ランク9なら10%、ランク10なら0%という風に。
 忠誠度は色々なクエストでユニットに配備して使用したり、

戦争に参加させて報償を与えることで増加していく。
 課金で10%増加させるアイテムはあるにはあるが、効果の割に高かったので

忠誠度を固定するアイテムばかり使っていた。

 

【アノマリス】のルシュカ(副官:唯一信頼・安心・忠誠度MAX)

 

――completion of attestation 

 

落ちているカードに記された魔物の名は、【ドラゴンゾンビ】。

 

徐々に光の中で巨大な竜が形作られていく。ぐずぐずに溶けた皮膚が爛れて崩れ、

強烈な腐敗臭が辺りに立ち込める。
 見上げるほど巨大な朽ちた竜【ドラゴンゾンビ】は赤や黒や紫で彩られた

毒々しい肉体で立ち上がり、目のない眼窩を赤く光らせて首をもたげ、大きな咆哮を上げた。

「なんと言う……これが王の……エステルドバロニアを統べる御方の秘術……」

 

 召喚術は常に対価を支払うことで成し遂げる。吸血鬼の【真祖】アルバートですら

自らの肉片を用いて陽光に浴びても朽ちぬ死者の軍勢を作り上げている。
 それをいとも容易く、ただ一切の紙だけで、魔術を扱えるルシュカですら理解できない

異質の魔法陣を用いて実現させるなど、畏れで震えが止まらない。
 騒いでいたグラドラとエレミヤも、遠くから押し寄せていた五郎兵衛たちも、

ルシュカと同じ気持なのか、足を止め、毛を逆立たせて王の背を見つめていた。
 自分達を生み出した至高の魔術が顕現する姿を、ただ言葉も無く見つめること

しかできなかった。

 ドラゴンゾンビが再び咆哮を上げる。劈く声は存在しない声帯を無理やり震わせて

生み出され、耳に狂気の残響を残す。

 四つ足でしっかり地面に根を張ったまま、カロンの靴に顎を乗せる。
 それは、まるで騎士の忠誠を示す姿だった。

 召喚され、その目の前に映る人物は、魔物たちは初めに親と認識し、

その次にシステムの仕様によって国主と認識する。
 崩れて朽ちて死す運命の竜は、最後のその時を迎えるまで、己が忠義を見せる。

 

その日の出来事は、世界中へと走り回った。
 天に立ち込めた暗雲。
 強烈な瑠璃色の輝き。
 そして猛る竜の咆哮。
 まだ見ぬ世界のその果てまで、エステルドバロニアの存在を主張した日だった。