ようこそ。
Dousaku のほめ達!ブログにお立ち寄り下さり、有り難うございます。
2017年
皆様にとって更なる飛躍の年となりますように。
諸事情により昨年暮れから
ブログの更新を休んでおりました。
X'mas Eve
父が天に召されました
今は先行きの不安や身動きがとれない苦しさから解放され
私たちを見守っているのだと思います
欲を言えば もう少し
もう少し、目を合わせたかった
うなずくだけの会話であっても
交わしたかった
イヴの夜に
病院に泊まるつもりが
それもむなしく
必要なくなりました
私が帰省した次の日の出来事でした
「冬休みは僕も会いに行きたい」と言う息子と二人で
終業式を終えたその日のフライトをおさえていました
12月22日
50年ぶりの大雪に見舞われ
交通網は麻痺
目的地の空港は悪天のため閉鎖
乗る予定の飛行機は定刻になってもチェックインを見合わせ
待ち続けた結果
聞こえてきたアナウンスは
「欠航」
この日の最終便でした
この間、家族からは
「まだ大丈夫。まだ大丈夫だから…」
そう言われながら
「今どこ?着いたら病院に直行して。
遅くなっても守衛さんに言って通してもらって」
移動手段が白紙に戻ってしまった私に追い打ちがかかります
数日の間にそんなに悪化してるのか…
涙が溢れてきました
代替え便がとれず空港は
人でごった返し
海路も欠航
大規模火災の影響で陸路は困難
結局
泣く泣く断念して一旦出直すことにしました
この日、多くの人が足止め
急を要する事態に手も足も出ませんでした
帰り道
早速始めた翌日のフライト検索
照会を掛けても「満席」の回答の繰り返し
所要時間、到着時間を考えると
飛行機が最適
私にはどうしても席の確保が必要でした
明日がダメなら明後日…
検索範囲を広げて探しまくりました
探し続けて3 時間
半ば諦めかけたところに
ポッと出てきた翌朝8:00のフライト
夜21時を回り、フライトまで短時間の為
ネット照会対応外
記載の番号に2度目のダイヤル
5分ほど待ち続けたでしょうか
「大変お待たせ致しました
○○○…担当の□□と申します」
(良かった…繋がった!)
こんな事態 窓口の電話がなりやまない状況にも関わらず
親切丁寧な受け答えをしてもらえ
奇跡的に席の確保が出来ました
翌日3:30起床
飛ぶかどうかわからないまま
空港に向かい
何事も無くチェックイン
定刻のフライトとなりました
搭乗出来たことが奇跡
フライト出来たことが奇跡
機内で息子と そう話し
眩しく温かな朝日を浴びながら
着陸迄 ひどく揺れることもなく
飛行機は静かに到着しました
しかし、この日も交通事情は麻痺していました
フライト出来たのは極限られた便だったようです
高速道路は閉鎖
公共交通機関が大幅に乱れている中
迎えの車に乗り込みました
見通しが悪くすさまじいわだちの道
事故を3件ほど横目に
そのまま父のもとに向かいました
昼をとうに回っていました
エレベーターで息を整え
個室の扉を静かに開けて
父に挨拶をしました
病室で待ち構えていた母が立ち上がり
父に呼び掛けます
酸素マスクをつけて目を閉じていた父が
呼び掛けに目を開け
私が来たこと
息子が会いに来たことを
しっかりと理解したようでした
この日は息子の13回目の誕生日でした
一緒にお祝いできたことが
有り難いと思いました
ロビーに出た時
息子と母が指相撲をしたことを
10月に病室で父と母がした指相撲を思出話にしながら伝えると
ほのかに父の顔がほころびました
父の最後の微笑みとなりました
翌日はX'mas Eve
病室に泊まり、父と共に過ごすつもりでいました
一夜家で過ごし
母は先に
息子と私は後から病院に向かいました
両手に荷物を抱え
運が良ければ流しのタクシーに乗るつもりでしたが
このような どか雪の時はそれも皆無
タクシー会社では予約が殺到し、待ち時間も約束出来ない状況が続きます
こんなときは空車を見かけることはほぼありません
幸い体力がある二人
歩いて行くことにしました
一時間
山のような新雪と澄んだ青空が美しい景色でした
私たちが持っていったのは
泊まるための服、防寒具
そして
母が予約しておいてくれた
クリスマスケーキと骨付きチキン
家で食べるつもりでしたが
病院に泊まるため、お店で引き取った足で向かったのです
病院に行くと
昨日と違って父の様態はよくないようでした
しかし
いつものように意識はしっかりしています
「Merry Xmas ♪
今日は、ここに泊まる用意をしてきたから
一緒にお祝い出来るね」
そう話しかけたのですが
それを待たずに
数時間後
私たちのもとを離れていきました
弱る父が
入院前のように回復すると
私はずっと信じていました
家に帰りたい と言っていた父の希望が叶えられたら…外出でもいい
そう願っていました
一週間のはずが41日の入院となり
ここで父の最後を迎えることとなりました
複雑な想いが交差します
しかし
置かれた状況の中で関わる全ての人が
そのときに出来る最良の選択をしてきました
父のために最善を尽くしてくださった病院の方々に心よりお礼申し上げます
大雪の中
父の葬儀に関わって下さった方
足を運んで下さった方々
私たちを支えて下さった方々へ
心より感謝申し上げます
思い返すと
一つ一つが奇跡の連続でした
94歳と11ヶ月で
この世にピリオドを打った父は
たくさんのことを
私たちの心の奥深くに
残してくれました
父は尊く その生きざまに憧れます
静かに父を想い
感謝の気持ちを届けています
新しい年
父が天から見守ってくれていることを
感じながら
私に与えられた命の時間を
生きていきます
すべての出会いと出来事が
成長の糧となることを信じて
Dousaku のほめ達!ブログにお立ち寄り下さり、有り難うございます。
2017年
皆様にとって更なる飛躍の年となりますように。
諸事情により昨年暮れから
ブログの更新を休んでおりました。
X'mas Eve
父が天に召されました
今は先行きの不安や身動きがとれない苦しさから解放され
私たちを見守っているのだと思います
欲を言えば もう少し
もう少し、目を合わせたかった
うなずくだけの会話であっても
交わしたかった
イヴの夜に
病院に泊まるつもりが
それもむなしく
必要なくなりました
私が帰省した次の日の出来事でした
「冬休みは僕も会いに行きたい」と言う息子と二人で
終業式を終えたその日のフライトをおさえていました
12月22日
50年ぶりの大雪に見舞われ
交通網は麻痺
目的地の空港は悪天のため閉鎖
乗る予定の飛行機は定刻になってもチェックインを見合わせ
待ち続けた結果
聞こえてきたアナウンスは
「欠航」
この日の最終便でした
この間、家族からは
「まだ大丈夫。まだ大丈夫だから…」
そう言われながら
「今どこ?着いたら病院に直行して。
遅くなっても守衛さんに言って通してもらって」
移動手段が白紙に戻ってしまった私に追い打ちがかかります
数日の間にそんなに悪化してるのか…
涙が溢れてきました
代替え便がとれず空港は
人でごった返し
海路も欠航
大規模火災の影響で陸路は困難
結局
泣く泣く断念して一旦出直すことにしました
この日、多くの人が足止め
急を要する事態に手も足も出ませんでした
帰り道
早速始めた翌日のフライト検索
照会を掛けても「満席」の回答の繰り返し
所要時間、到着時間を考えると
飛行機が最適
私にはどうしても席の確保が必要でした
明日がダメなら明後日…
検索範囲を広げて探しまくりました
探し続けて3 時間
半ば諦めかけたところに
ポッと出てきた翌朝8:00のフライト
夜21時を回り、フライトまで短時間の為
ネット照会対応外
記載の番号に2度目のダイヤル
5分ほど待ち続けたでしょうか
「大変お待たせ致しました
○○○…担当の□□と申します」
(良かった…繋がった!)
こんな事態 窓口の電話がなりやまない状況にも関わらず
親切丁寧な受け答えをしてもらえ
奇跡的に席の確保が出来ました
翌日3:30起床
飛ぶかどうかわからないまま
空港に向かい
何事も無くチェックイン
定刻のフライトとなりました
搭乗出来たことが奇跡
フライト出来たことが奇跡
機内で息子と そう話し
眩しく温かな朝日を浴びながら
着陸迄 ひどく揺れることもなく
飛行機は静かに到着しました
しかし、この日も交通事情は麻痺していました
フライト出来たのは極限られた便だったようです
高速道路は閉鎖
公共交通機関が大幅に乱れている中
迎えの車に乗り込みました
見通しが悪くすさまじいわだちの道
事故を3件ほど横目に
そのまま父のもとに向かいました
昼をとうに回っていました
エレベーターで息を整え
個室の扉を静かに開けて
父に挨拶をしました
病室で待ち構えていた母が立ち上がり
父に呼び掛けます
酸素マスクをつけて目を閉じていた父が
呼び掛けに目を開け
私が来たこと
息子が会いに来たことを
しっかりと理解したようでした
この日は息子の13回目の誕生日でした
一緒にお祝いできたことが
有り難いと思いました
ロビーに出た時
息子と母が指相撲をしたことを
10月に病室で父と母がした指相撲を思出話にしながら伝えると
ほのかに父の顔がほころびました
父の最後の微笑みとなりました
翌日はX'mas Eve
病室に泊まり、父と共に過ごすつもりでいました
一夜家で過ごし
母は先に
息子と私は後から病院に向かいました
両手に荷物を抱え
運が良ければ流しのタクシーに乗るつもりでしたが
このような どか雪の時はそれも皆無
タクシー会社では予約が殺到し、待ち時間も約束出来ない状況が続きます
こんなときは空車を見かけることはほぼありません
幸い体力がある二人
歩いて行くことにしました
一時間
山のような新雪と澄んだ青空が美しい景色でした
私たちが持っていったのは
泊まるための服、防寒具
そして
母が予約しておいてくれた
クリスマスケーキと骨付きチキン
家で食べるつもりでしたが
病院に泊まるため、お店で引き取った足で向かったのです
病院に行くと
昨日と違って父の様態はよくないようでした
しかし
いつものように意識はしっかりしています
「Merry Xmas ♪
今日は、ここに泊まる用意をしてきたから
一緒にお祝い出来るね」
そう話しかけたのですが
それを待たずに
数時間後
私たちのもとを離れていきました
弱る父が
入院前のように回復すると
私はずっと信じていました
家に帰りたい と言っていた父の希望が叶えられたら…外出でもいい
そう願っていました
一週間のはずが41日の入院となり
ここで父の最後を迎えることとなりました
複雑な想いが交差します
しかし
置かれた状況の中で関わる全ての人が
そのときに出来る最良の選択をしてきました
父のために最善を尽くしてくださった病院の方々に心よりお礼申し上げます
大雪の中
父の葬儀に関わって下さった方
足を運んで下さった方々
私たちを支えて下さった方々へ
心より感謝申し上げます
思い返すと
一つ一つが奇跡の連続でした
94歳と11ヶ月で
この世にピリオドを打った父は
たくさんのことを
私たちの心の奥深くに
残してくれました
父は尊く その生きざまに憧れます
静かに父を想い
感謝の気持ちを届けています
新しい年
父が天から見守ってくれていることを
感じながら
私に与えられた命の時間を
生きていきます
すべての出会いと出来事が
成長の糧となることを信じて