今年2月に出産したhtsは


母親として必要とされたい。

パートナーとして、信頼されたい。

女として欲せられたい。

社会に必要な人材だと言われたい。

そんなことをふとした時に考えるようになった。


相互が納得して、必要価値を求めていく時代。

強者が弱者を

使う、食う、操作する

目に余るようなやり方は嫌われるようになった。


それと共に、必要だと思えない相手に対する扱い

自分に不利益がなくても、価値を見出せない存在への扱いは

まるで自分の存在価値を高めるように、ネット社会で批判するようになっている。


正しいことを言っている。

それは、自分なのだと。

声高らかに、それを言う。

インターネットで溢れる情報には、自分と同じ意見が溢れかえっているのだと。


どうしてだろう。

認めて欲しい人間で溢れかえっているのに、

ネタがあればそれをエサに集まってきたハイエナのように、よく知りもしない人を傷つける言葉を並べようとする。



自分と似た意見をみんながこう思っている!と吐き、拡散させる人たちは、


本当はその行為をして自己肯定を求めてはいないか。


1番怖いのは、みんなでそこに賛同してチーム感に浸って満足しているが、

現実的な社会でそれを全くせず、ネット社会に集まる人たちの心が社会と触れ合う機会を拒否してしまっているかもしれないということだ。