摂食障害になったのは、高校三年生の頃だった。

この頃最初はたぶん拒食だった。

大学生になって、地元を離れて一人暮らししていた兄が、
法事のために帰省して、制服を着ている私に向かって、

「太っい脚」


と言ったのがキッカケで、ダイエットを始めた。


HSS型HSPだから?

私の性格?

ものすごくストイックな性格なので、

これをする!

となったら徹底的。

食事の量と質を変え、ひたすらウォーキングして、
受験生なのに頭の中はダイエットのことしか考えられなくなった。

どんどん体重が落ちて、ダイエットはどんどんエスカレートしていった。




その頃の実家は、簡単に言うと機能不全家族だった。

祖父が痴呆になり、
祖母は鬱、
父の判断で施設には入れずに
母が祖父母の介護をさせられ、
母は疲れ切り、
父は常にイライラ。

兄は気楽に一人暮らしの大学生活をおくり、
優等生の兄姉と比べられたせいで、
妹は学校一のヤンキーになり、
家出を繰り返していた。

今思えば、こんな家庭に育って、
グレずに育つほうがおかしいとさえ思う。

妹が両親の言うことは一切きかないけれど、
私の話は無視はしないということで、
妹の説得にあたらされることもしばしば。

都会で一人暮らしする兄がたまに帰ってきては都会の良さを語り、
妹を刺激して妹は荒れる。

朝起きて祖父の寝室へ行くと祖父が居らず、
数キロ離れた場所で発見されることもあった。

両親はもとからかなりの不仲だった
(幼い頃から夜中両親の怒鳴り合いで目を覚ますこともしょっちゅう。HSPには喧嘩の声を聞くことが苦痛極まりない)
が、さらに酷くなった。

妹がグレたのは母の育て方が悪かったせいだと、
父が母を責める。

自営なので毎日家にいるのに、
父は私達もほとんど一緒に食事をしたことがない、
一緒には食べなくないそうだ。

会話もほとんどしたことがない。
一緒に遊んだことも一度もない。
そんな奴が何言ってるんだと父のことが嫌いになった。
と、こんなかんじの家庭だった。

毎日自転車で通学していたが、
国道1号線を横断ために赤信号で待っている間、
毎日必ず、

「このまま飛び出してしまえたらどんなに楽だろう」

と妄想していた。

なぜそのとき死ななかったか、
母と一番仲が良かった私は、

「私が死んだらお母さんは壊れちゃうだろうな」

そのためだけに、ただ母のためだけにギリギリ生きていた。

今思い出しても未だに涙が出てくるくらい。
本当にヒドイ時期だった。


たぶんエスカレートしたダイエットは、
みるみる痩せていく私を見て、
妹の心配ばかりする母に、
私のことを心配してほしいという、
声に出す事のできない、
心の叫びだったのかもしれない。

つづく