私は、梨が好きです。
みずみずしくて、やさしい甘さがあって、

子どもの頃からずっと好きでした。
でもラ・フランスは、ほんの一度、ちょ

こっとだけ味わった記憶しかありません。
そのときの香りや口どけは、今でもふわ

っと思い出せるほど。


それなのに、なぜか「また食べたい」と

思うことすら、どこかためらってしまう

のです。
 

私の母はASDで言葉がとてもきつく感情

のやりとりが難しい人でした。家は裕福

ではなく、欲しいものを口にすることも

願うことも、どこか罪のように感じてい

た子ども時代でした。我慢ばかりでした。
「そんな贅沢、してはいけない」

 

そんな言葉が、心の奥に染みついていて、

今も私の中に残っています。だから、ス

ーパーでラ・フランスを見かけても手が

伸びない。一個でいいのに。ほんの少し

の贅沢なのに。


それでも、過去の声が、心の奥から聞こ

えてきて、私を引き止めるのです。
でも、今の私は、働いてきたこともあり

生活も少しずつ整ってきています。
もう、あの頃のように我慢ばかりしなく

てもいいはず。
それでも、心の中の「我慢して」は、な

かなか消えてくれません。


HSS型HSPの私は、繊細で、でも刺激を

求める心も持っています。
だからこそ、ほんの少しの贅沢が、心を

深く満たしてくれることもあります。


それは、過去の痛みを癒す、静かなセラ

ピーのようなもの。ラ・フランス一個。


それは、私にとって「生きていていい」

「願ってもいい」「味わってもいい」とい

う、やさしい肯定のしるし。


それを手に取ることは、母の声ではなく、

自分自身の声を選ぶこと。
それは、祈りのような、小さな叫びのよ

うな行為でもあります。


今日、私はその果実を手に取ってみよう

と思います。そして、静かな午後にいた

だきます。それは、過去の痛みを癒す、

静かなセラピーのようなもの。
ラ・フランス一個。
そして、私自身への、やさしい贈りもの。

 

あなたにとって小さな贅沢とは何ですか。

昇天