という日本赤十字社作成の動画がありました
▶︎動画はこちら
動画の内容は
感染拡大を防ぐためには?
「きちんと手を洗うだけで、感染の確率はぐんと下がる」
でも、
暗いニュースばかりに触れ、間違った情報に惑わされると、絶望(もう、みんな助からない)など心の中に湧いてくる![]()
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人は、不安と恐怖の中で、疑心暗鬼が生まれ、誰かを責めたくなる。
「新型コロナは誰のせい?」という犯人探しが始まり、誰かを責め、誰かを攻撃したくなる。そして、傷つけあいと分断が始まる。
☆画像はサイトよりお借りしました☆
私は今まで、
「批判や悪口(誹謗中傷)って嫌だな。」と思っていました。
批判や悪口は、悪いことだ
と思っていて、言えませんでした。表現することが出来なかった。
例えば、自分にとって嫌なことが起こった時や嫌いな人がいたとしても
「いいところはあるし
気にしない」
などと、自分が本当は感じている感情(イライラや悲しい、不安などネガティブな感情)
「本当は○○だったらいいのに」などの自分の本音、望みは見ようとせずに、
「いいところはあるし
気にしない」
ネガティブな部分に蓋をして、ポジティブにしようとしていました。
でも、「批判」は悪いことではないのでは?と感じたことがありました。
例えば、新型コロナウイルスの緊急経済対策として、国民1人当たり現金10万円を配る件。
「批判」することが悪いと感じていた私は、「マスク2枚でも有り難いよ」などとエセポジティブでした![]()
たくさんの国民の「批判」の声があがり、10万円給付が実現したのだとしたら、「批判」することは大事かもしれない。
更に大事な事は、
批判した後、批判だけで終わりにしない。
自分の意見を伝え、どうしたいのか?本当はどうしたいのかという望みを出す。
批判だけで止まらず、その先を創造すること。意見すること。
批判の先が大事なのでは?と感じました。
今回、給付金の件で、私の中で「批判」の概念が変わった。
これ様々な出来事にも置き換えられる。
批判。。。
最近、ニュースをみて、批判について感じたこと。
初めて知った方でしたが、
木村花さんという女子プロレスラーの方がお亡くなりになった。
詳細は分からないが、ネット上で誹謗中傷を受けていたと。
「批判」と「誹謗中傷」の意味を調べてみた。
どちらも表現することは大事だが
「誹謗中傷」を相手に直接ぶつけるとこうなる。
これだと、対立の世界に感じる。
「あいつムカつく!」など自分から湧き出てくる感情や言葉は
自分の中だけで表現する。
ノートに殴り書きしたり、怒りを表現することは大事なのでは?と思いました。
「批判」の場合なら
「私は〜だと感じる」と自分が感じたことを伝えたり、意見を伝える。
「私はこう感じるけど、あなたの意見はそうなんだね」
って違いを認め合えたら素敵だな![]()
あと、気になった部分がありました。
木村花さんが発信した、こちらの文章↓
《毎日100件近く率直な意見。傷付いたのは否定できなかったから。死ね、気持ち悪い、消えろ、今までずっと私が1番私に思ってました。お母さん産んでくれてありがとう。愛されたかった人生でした。側で支えてくれたみんなありがとう。大好きです。弱い私でごめんなさい。》
↑文章の中にある
「私が1番私に思っていました。」
という部分。
心理学でいう、「投影」なのかなと感じました。
自分が自分に対して感じている事が、自分が自分に対して責めている言葉が、
外側の人たちも同じように感じていて、結果責められる。
真相は分からないけれど、批判している方も、もしかしたら自分が自分を責めている。それを形を変えて、誰かを責めてしまうのかもしれない。
「私には価値がない。愛されない。ダメな私」
など心の奥深い場所で、ずっと自分を責める。
私自身、自分を責めて生きづらさを感じてきたので、木村花さんのこの文章を読んで「自分が自分を責めてしまうこと」私自身もまだまだ感じているんだな〜と思いました。
自分が間違えてしまったって事を認めると
「私はダメな奴。だから価値がない。」
と自分の価値が減ると思い込んでいる。
間違えても自分の価値は減らないから、間違えてしまった時は謝る。
そして、その先どうしたいのか考える。
受け取り側は、批判だけで止まらず、その先を考える。
一人ひとりが、自分のことを大事にする。
自分の意見を伝える。
他人の意見を否定せずに受け入れる。
人が傷つけ合う世界ではなく、違いを認めながら、愛の世界をつくっていきたいな![]()


☆画像はサイトよりお借りしました☆















