私の私による私のための述語集
Trangia
Trangia : スウェーデン中部 Trangsviken 地方にある野外用具メーカー
ウィルダネスの感動は僕らを無条件に歓迎してくれる他方で、過酷な洗礼を伴う。
例えば少しの気候の変化で人は生死の淵を彷徨い、多くの場合泉下の客となる。
先刻まで旅人を優しく迎えていた陽が沈み、夜の帳が下りる頃に山は表情を変え、
母親の慈愛に充ちたそれは父の厳しさを帯びて、人類に自然への畏怖を強いる。
すべて子である我ら人類は、自然という枠組みのなかに全身を委ねるほかない。
少々大袈裟にはなってしまったけれど、文明の外において人間は非力な生き物だ。
暖を取るために火を必要とし、温かい飲み物は低体温症の恐怖から人を遠ざける。
澄んだ水であれ生水はエキノコックスの危険を招くため、沸騰させる必要があるし、
雪山でビバークを行う際には貴重な水を得るために、雪を溶かす火力が必要となる。
ところで、こうも過酷な自然を克服しようとする試みを僕はexpeditionと定義する。
トランギアは自然を克服せず、自然と調和して、ときに、自然そのものと響き合う。
言うなれば resonance の思想をウィルダネスで体現できる貴重な存在なのだ。
だから僕は、自然と友達になるために、バックパックにトランギアを忍ばせている。
真鍮の美しい光沢にゆっくりとした時間の流れで年輪を刻むアルコール・ストーブ、
最小限の機能で、必要なだけの調理をまかなえる世界でいちばん小さな飯盒など。
想像以上に豊かではあるけれど、ちょっぴり頼りない気紛れさも持ち合わせていて、
長く使えば使うほどに愛着のわいてくる、本当に良い道具たちがここから生まれる。
おそらく世界で最もシンプルなアルコールバーナーとして名高い、Trangiaの代表作。
およそ50㏄の燃料用アルコールを注ぎ、マッチで点火するとオレンジの炎が広がる。
しばらくして燃料の気化が促され、炎は青色を帯びて少しずつその温度を高めた後、
ストーブ全体の温度を上昇させて更なる燃料の気化を導く、完成されたシステムだ。
作動不良を起こす原因となる複雑な機関部が存在しないため、修理も全く必要ない。
薄い金属性の火力調整ふたが付属するものの、僕がこれを使ったことは皆無である。
すぐに熱を帯びることで、火力の再調整が不可能になるほど全体が加熱されてしまう。
この装置は火を消す際に専ら用いられるものであり、調整機能は殆ど期待できない。
本体のねじ式ふたには厚いOリングが施されており、運搬時の燃料漏れを完全に防ぐ。
トランギアが活躍するのは調理といった場ではなくテントサイトの紅茶の時間だろう。
ゆっくりと呼吸する炎を眺めながら、一日の終わりと新しい一日との交替を待つのだ。
世界最小の飯盒として知られる、軽量アルミ製、トランギアのMESS TIN (メスティン)
ステンレスは重量があるものの熱の伝わりかたが均等で、アルミよりも性能が良い。
チタンになるとステンレスより遥かに軽量で熱伝導も優れ、しかしこびりつきが増す。
アルミ製の調理器具はそれぞれの特長には及ばないものの、安価で平均的な性能、
旧くから縦走で重宝されてきた、野外生活にはうってつけの素材なのかも知れない。
ウィルダネスに出て火を炊き、飯盒炊爨を行う機会は殆ど全てうしなわれてしまった。
多くの旅人たちはフリーズドライされた食糧を湯で戻し、アルファ米を主食に換える。
ロー・インパクトで限りなく日常に近い味覚を実現することもあり炊爨は非現実的だ。
どうやら、調理器具は湯を沸かせる最小限の機能さえ備わっていれば良いのだろう。
トランギアのメスティンはチタン製クッカーに世界最軽量の座を奪わたものの顕在で、
いまもどこかで、世界を旅する者たちの仲間としてバックパックに隠れているはずだ。
Borde burner
バックパッキングとは、何を持って行かないかという策略である
~ S.アンダーソン 「バックパッキング教書」 より ~
Borde Burner : スイス製のバックパッキング用ストーブ
忘れた頃になると思い出し、やがてまた忘れてしまう大切なもの。
Borde Burnerを初めて目にしたときの印象をあざやかに回復する。
機関部と燃料タンクを直に接続した、限りなく洗練された機能美と、
火力を調整する金属棒以外、何の装飾もない本質的なデザイン。
バックパッカーの世界でストーブと言えばスベア123Rに代表され、
どちらかと言えば、安定した性能のなかに機能美が求められた。
しかし、これだけは決定的な何かを欠いている。それは便利さだ。
ボルドーバーナーを愛用しているおよそすべての人たちが言った。
「気難しくて、火だってちっとも安定しないけど、なにかいい」
箱出しの時点では全くと言ってよいほど使えないストーブだけど、
ゴトクを金属板を加工して作ったり、燃料パイプに工夫を加えたり、
意想外に僕らの想像力をかき立て、積極的な関与を求めてくる。
燃料を入れて火を点けるとき、十人十色の火が生まれる名器だ。
不安定のなかに生まれる、たったひとつだけの、安定を求める旅。
何もかもを充たしてくれる現代の文明には素直に感謝するけれど、
このストーブはたったひとつの火に、確かな意味と意思を持たせる。
工場生産で生まれる、安全でなんの苦労もない画一的な炎よりも、
それぞれの創意工夫で育まれる、ちょっぴりわがままな炎がいい。
スイスの老夫婦が手作りで刻んだ、不器用な歴史をここに込めて。
ガスストーブの便利さには勝てないけれど、とてもよいストーブだ。
fordism
Fordism (フォーディズム) : 消費文明の原型と呼ばれるFordの方式
第一次大戦の後、消耗した大衆は従前のモラルを離れ、新しい様式を確立する。
同盟国(Mittelmächte)の敗戦とロシア革命により欧州の絶対主義は崩壊して、
それまで上流階級の贅沢品でしかなかった車は一般大衆の需要へと変わった。
消費文化の台頭を支持した大量生産システムの原型は後にFordismと呼ばれる。
Ford 自動車創業者、Henry Ford の革新性は以下の3つに代表される。
1. 製造工程の標準化・品質の均一化
2. 労働体系の合理化(分業制の確立)と機械化の導入
3. 労働者モラルの均質化
労働者の生活習慣を分析したのち、生活を管理することでモラルの均質化を図り、
単純作業労働に耐え得る人材を確保した後、Ford は工場に機械化を徹底させた。
彼らは熟練工の技術こそ持たなかったものの、ベルトコンベアーによる流れ作業と
細分化された単純労働に従事、分業化により生産の効率を飛躍的に向上させる。
勤勉と実直を是としたピューリタンの職業倫理に下支えされた労働ではあったが、
繰り返される工場での単純作業は、労働者たちを精神的・肉体的に疲弊させた。
生産性の向上とコストダウンにより莫大な収益を実現したFordは労働者に対して、
賃金引き上げで回答、こうして労働者たちは新たな消費階級へと生まれ変わった。
所得の増加に伴い、大衆の消費は従来の生存を目的としたものから余暇と娯楽、
言うなれば快楽を目的とした消費へと推移する。大衆消費社会のはじまりである。
Fordの手法は消費文化の土台となる大量生産・大量消費のシステムを構築して、
なおかつ消費の周縁であった大衆を消費の中心に置いた、近代の魔術と言えよう。
Fordismと関連して「ミシンを手にしたお猿さん」という論文を提出したことがある。
これは曲学阿世のお猿さんを感情的に刺激しただけで、日の目を見ることはなかった。
価値観
価値観 (かちかん) : 内面において排他律を伴う行為規範のひとつ
価値観とは、自ずと相対性に基づく観念的な確信、「価値」に伴う態度である。
或る特定の環境に影響を受け、また経時性をふまえて醸成される側面を持ち、
これらは生成の過程と規範性の立場から、信仰と同質の意思決定作用を有す。
バスの過客はそれぞれ異なる目的地を持ちながら、共通する方向を共有する。
終点まで乗り続ける者もあれば、幾度となく乗り継ぎを必要とする者もあって、
特定の区間を共有する一方、他のバスの乗客に対しては一般に不寛容である。
乗客たちはバスに乗らない人間を異端と呼び、そうでない者は彼を英雄と呼ぶ。
Jeff Buckley
Jeff Buckley (1966~1997) : 米国のシンガーソングライター
死語、その存在感を弥増す若者は洋の東西を問わず、枚挙に暇がない。
夭逝した者たちは手の届かない場所に暮らすが故に英雄性を与えられ、
しかしながら、こうした枠組みの埒内において高揚した評価に甘んじる。
Jeff Buckley は天国からの一連の政治を斥けた稀有な存在と言える。
生前、Grace というただ一枚のアルバムを遺して、彼はこの世を去った。
酒に酔い、ミシシッピ川を遊泳中に起きた事故によると言う。享年31歳。
遺体は行方不明になった5日後、近くを流れるウルフ川にて発見された。
彼の父、Tim Buckley もまた、薬物により28年の短い生を終えている。
→ Grace PV (クリックすると再生されます)
オールレーズン
オールレーズン : 東鳩が世界に誇る日本のお菓子
日本全国、ありとあらゆる場所で手に入る、謎の加工食品。
厚さ10㎝にも至るパイ生地とレーズンを圧縮したあとで加工、
濃厚な味わいを持ちながら手頃な価格から、支持者も多い。
ひと昔前の山屋(登山・トレッキング愛好家)たちのなかでは
オールレーズン=糧食=行動食という図式がいまも成り立つ。
軽量かつ安価、高カロリーの3要素を充たす優秀な行動食だ。
ところで昭和47年から販売しているオールレーズンであるが、
全国津々浦々、どんなに過疎地の個人商店であっても流通、
広告戦略に無関心な割には、恐るべき展開力を秘めている。
ちなみに僕は干しぶどうが苦手で一度も口にしたことがない。
風鈴仏桑華
風鈴仏桑華 (ふうりんぶっそうげ) : ハイビスカスの類種
和名 : フウリンブッソウゲ
科名 : アオイ科ヒビスクス属(フヨウ属)
学名 : Hibiscus schizopetalus
英名 : Coral hibiscus , Flinged hibiscus
分布 : 東アフリカ・ザンジバル島原産
東アフリカ・ザンジバル島原産と言われる古い花の一種。
大型の5弁の花にはそれぞれ細く深い切れ込みを持って、
背に向かって反り返り、長く伸びた花柄の形相も手伝い、
風鈴のような風情が8月の南九州地方に涼しさを伝える。
同、アオイ科フヨウ属にスイフヨウ(酔芙蓉)がある。
この花は可憐で繊細な白い花を朝に咲かせたと思えば、
太陽の南中を迎える正午頃、薄紅梅の色合を身に纏う。
酒を帯びた頬に例える、先人の風流を楽しむ格好の花。
素材
素材 (そざい) : 或るはたらきかけにおける、方向性の対象
たとえば、哲学の場面において未生成の素材は関心の対象と言える。
この場合、素材とは事物そのもの、或いはその状態を指し示している。
また、創作や芸術において素材は表現の最初の対象として存在する。
主に未加工で、何れかの媒体として用いられるものを言うことが多い。
消費構造の文脈において、素材はしばしば事物の商品化を意味する。
未加工状態における「地方」は商業主義の洗礼を受け、観光化される。
消費における関心は主に購買意欲という基準によって定められており、
或る関心を「観光」と呼び、対象となる素材は「都市」として置かれる。
素材化された「遊び」は本来持ち得る解放感をうしなわせてしまった。
消費構造の下、財と同質化した遊びは消費のための消費を促す一方で、
選好的関心の対象であった「遊び」の均一化および不均一化を生んだ。
因みに前者を消費信仰、後者を多様性における差別化・差異化と呼ぶ。
excitation
excitation (イクサイテイション)
: 量子力学において英語で「励起」を意味する語
詳細は 励起 の項目を参照のこと。
なお、青春とは「やり場のないやる気」を期待における前進性、
つまるところ、「希望」という相において励起させる舞台である。
励起
励起 ( れいき ) : 量子力学においてエネルギー準位を変動させること
量子力学において、最もエネルギー状態が低く、安定した状態を基底状態と呼ぶ。
この基底状態に対し、外部性の刺激、たとえば熱、光、磁場などが加わった場合、
系を変動させ、高位のエネルギー状態に推移することを励起(excitation)という。
この場合、「系」とは一定の状態を保つことを意味した物理用語として用いている。
これに対して「相」は、明確に弁別可能な基準を保つ変化の状態及び区別を言う。
たとえば水における「相」には固相、液相、気相といった明確な区分が存在する。
水において、固相(氷)に熱エネルギーを加えるとやがては液相(水)に推移する。
こうして、或るエネルギーによって系の場合に変動を来たすことを相転移、と呼ぶ。
言うなれば、相転移の「きっかけ」になる原初行為を「励起」と捉えてもよいだろう。
ちなみにここからが本文である。
僕の文脈において励起という述語の定義は異化(остранение)、
或いは感化(Verfremdung)に近いニュアンスを持つものとして用いられている。
たとえば僕たちは或る安定した契約を世界とのあいだに取り交わして生きている。
これを日常と呼ぶならば、基底状態と言える関係を結ぶことで暮らしを安堵する。
art (芸術)とはこの安全契約を見直し、基底状態にある僕らの暮らしを励起して、
より根源的な、位相としての日常(非現実とは限らない)へと推移させる手法である。
異化、感化、art については別途項目(記述日時は永遠に未定)を参照のこと。






