3月11日、日本全土が悲しみ包まれた、東日本大震災からちょうど1年。ブログ上でも、この短いようで長か..........≪続きを読む≫
ちょうど一年前、彼が夜中にバイトから帰ってきて
「日本で地震あったってよ!!ニュース見た?!」って大騒ぎ
私は「日本ではねー地震は日常なのよ!!」
なんて話しました。
でもさわぐもんだからニュースを見てみると
信じられない光景が。
とんでもないことが起こってしまったと思いました。
幸い家族も友人も親戚も東北地方にはいません。だからいいってわけじゃなく、実際まず心配するところはそこですよね。
日本を離れて約6年。
離れてから分かる恋人の大切さ、のような感じでしょうか。
日本という国への愛着は確実に増していますし、日本で起こる悲惨な事故や事件のニュースに、日本にいたときよりも心が敏感になっている気がします。
別ににっぽんバンザイ!とか思ってるわけでもないし、なんでも日本文化を押し付ける、よくいる在外国日本人みたいにになりたいわけでもないんだけど。
(そうそう、また悪態つくけど、よくいるんですよ。外国に出たとたん、日本は素晴らしい国だ!とか、やたら「和」を強調してくる日本人。日本にいたときはそんなに我が国に愛着なかったでしょ?って思うんですよね。そういう人ほど、実は中身が外国バンザイな人ばかり。)
でも、そういうのも、私とある意味似たような感じで、外国に出てから母国に愛着がわいてるだけなんですよね。きっと。それがなぜかちょっと押し付けというか無理やりな感じで出てきてるだけで。
で、冒頭の今日見かけた記事。
ブログでみなさまが一年前のことを振り返ってるって。
私自身、今日はお亡くなりになられた方々、大切な方をなくされた方々、そして被害を被ったペットや家畜の動物達の事を考え、胸が痛く苦しくなっております。
しかしね、それと同時に悲しく思うことは、この事がたくさんの人にとっては実際はすでに終わってしまったことであるということ。
記事ではそりゃこの事に関して書いてる記事しか拾わないから、さも日本国民はみんなこの事を風化させずに・・・みたいに聞こえるけど。
ミクシィでもフェイスブックでも、たくさんのお友達がたわいもない日常をつづっています。
お母さんのお誕生日に高価なお財布を買っただとか、ランチはどこかでいい物を食べただとか、今日は最新のなんとかを入手できただとか、そんなことばかり。
彼らは責められるべきではないのはわかるんです。こういう風に、自身の生活が影響されなかった人順に忘れていくのは自然なことなんです。今日涙を流さなかったからといって、地震の犠牲者のことを考えなかったからといって、責められるべきではありません。
ただ、私の主観としては、少し悲しいな、と思ったんです。
なぜか、地震のことを振り返っている人は、外国に住んでいる日本人、日本から離れたことがある日本人、日本に縁のある外国人ばかり。なぜ?
ずっと日本に住み続けていたら、私もきっとここまで感情的にならなかったかもしれません。基本的に他人はどうでもいい性格なので。
しかし、日本を離れてから少しずつ沸いてくる日本への愛着がそうさせてるんですね。
人々、そして動物のために、お金を寄付することしかしていません。それしかできません。
今は祈り、そして願うだけです。
どうか、できるだけたくさんの笑顔を失ってしまった方が、動物が、また笑顔になれますように。



