ブログなるものを作っていたことさえ忘れていた・・・。昨日修学旅行の引率から帰って来た。明日香・京都の歴史の産物に興じてはみたが、あまりの知識のなさに、ガイドさんの話す一語一語の意味さえわからない時が多々あった。まあ、勉強してないからしょうがないんだけどね。


ふと考えてみる。理由はないが、小さい頃から日本地図というより世界地図に興味があり、日本語という言語より英語に興味があった。世界史はとことん学びたいと強く思い、日本史は学ぶ意欲さえ起きなかった。父親も母親も海外を知らない日本人。母親なんて国文科出身。なぜだろう。


興味なんて人から強制されて持てるものでもないんだけど、不公平なのは、生まれつき多くのことに興味を持てる人と、そうでない人がいるということ。まあ、親の興味の幅がそのまま子供に引き継がれることはまちがいないんだけど。


何がいいたいかわからないけれど、今回の引率を通して、今更ながら日本の古代や中世に興味を持てるようになってきたというのが結論であります。興味を持てる時期が死ぬまであるてのは、いいことだね。これからどんなことに興味を持てるようになるかも考えると楽しいかも。

意気ごんで会社で書き込みしようと思ったら、なんとフィルタがかかってしまい、 書き込めないことが判明… 悲しいけど,お家のパソコンからアクセスすることに。 うーん。ブログというと普通,公開することを目的とするものだと思っていたけど…違うのかな。 まあ、とりあえず気軽な気持ちで書くことにします! 毎日とびきりドラマティックなことがあったり大きな学びがあったりするわけではないと思うけど 1日1つは心に残ることがあると思うので、それを書いていこうと思う!! いつまで続くやら…(汗)

 人との信頼関係を失うのが非常に恐い。そう感じるのはみんな同じ?僕は、相手が子供であろうと大人であろうと、とにかく人に嫌われたり、陰で悪く噂されたりするのが恐い。相手はさして僕に対しての感情などもっていないのかもしれないし、更に僕が相手の感情を誇大解釈して自分を怯えさせているのかもしれない。

 この職業、日々人とのつながりなのだ。教壇から生徒の姿を眺めると、自分の発した行動や言葉が、どのように彼らに映っているかが手に取るようにわかる。つながりが気迫になっていく、時の流れを時に感じる。生徒の反応から自分の明日を改善出来れば良いのだが、その余裕がないと自分に対しての嫌悪感が増し、悪循環に陥る。

 この精神面の脆さは生徒にも伝わってしまうのではないかと危惧している自分もいる。どこまで続くこのネガティブな発想。

 でも、一つ良い流れが出来るとそれが続いていくことも知っている。さあ、今からリズムを作ろうか。自分を奮い立たせてみよう。

 

 去り行く背中を見るのはなんだかとても悲しい。きっと、側にいてほしいという内心と、側から離れていく現実が、その瞬間を最大限に悲しくしているのだろうなと、ふと思った。

 そして、視線から全体が消えてしまえば、そこには新しい空間が生まれて、気持ちは意外と切り替わる。いや、気持ちを切り替えなきゃと自分に言い聞かせているのかもしれないのだけれど。

 ともあれ、悲しいながらも、僕は哀愁に満ちたその瞬間がとても好きだ。無言の中の気持ちの交換がとても好きだ。

 ああ、明日は月曜日。また、来週も同じ気持ちになれるかな。今週も頑張ろう(^o^)

 

What am I gonna write?

Who am I gonna write to?

Who's gonna read this?

What is this blog for?


そんなこと考えているときりがないけど、書くのは意外とおもしろそう。

きどらず、ありのままの思いを綴ってみようかな。