10カ月間イギリスへ語学留学をしたんだけど、その詳細はまた今度書きますっ
 書きたいことが多すぎて追いついてないのが現状ですが
今週の言い訳は娘たちがバカンス期間中で・・・
英語、フランス語って学んできて、書きたいこといっぱいあるし、
今留学や海外での生活を考えている人がいたら、少しでも役に立ててればうれしいしっ

頑張るぞー

今日の本題に戻って…

日本に帰国してきてからは、すぐに看護師としてK病院で働き始めました。
3年間 脳神経外科病棟勤務。
1年目の新人時代は本当に寝る間がないほど勉強させられた
2年目は3年目にやる看護研究のために下準備をさせられた
そして3年目、看護研究をやらされた
日常の業務以外にも、宿題、病棟会に勉強会、学会に講習会などなど、
全て自費なうえに、自らの休暇を返上して参加させられた
看護師の人たちからすればのあるあるネタのごく一部


働いているときはいつもやめることばかり考えてたし、
自分の自由な時間もないし本当に大変でいつも文句言ってたなぁ。

でも大変なことだけじゃなかったのも事実


患者さんやその家族との関わりの中でのやりがいや、
感動したことも多かったし、
知識だけじゃなくてたくさんの技術も学ばせてもらって、
実際たくさんのことが3年間で出来るようになったし。

もちろん全てじゃないけど。
出来ることが増えた分、出来ないこともよくわかるようになったし、
看護の奥深さにますます看護師という仕事の偉大さを感じたと同時に、
私自身この仕事が好きだなぁって実感したよね


人間としても大きく成長させてもらったと思う。

でも3年経って、脳神経外科の雰囲気にちょっと飽きていたのも正直あったし、
今度は外科とかで働いてみたいと考えるようなってたかな


K病院の建て直し計画が進んでる中、これはやめられる最大のチャンス

と3年2ヶ月で、退職に成功
なんでかよくわからないけど、辞めるのって本当に大変だよね

まぁー手塩にかけて育ててくれた訳だからねぇ
人を育てるって本当に大変だもんね
 でもねぇー… 
師長さん、期待に応えられなくてすいません。。

今だから分かることも多いけど、その時は自分のことだけしか考えてないし

あの頃は全てやらされたって感じてたけど、そのおかげでたくさん勉強できたし、
色々なことを薦めてくれて本当に感謝してるとまで思えるようになった、今日この頃です。
なんでもそのときにはわからないことだらけだよねぇー

そうそうなんでやめたかっていうと…NYに住む幼馴染みとの夢を叶えるため
中学生の頃からいつか一緒に旅行しようと話していた。
そんなことでやめたの?って感じだけど、当初は本当にそのためだけにやめた。

看護師の特権の一つだと思うけど仕事したいって思ったら、
本当に色々な意味での潰しが利くし、色んなところで働けるチャンスがあると思う。

それを実感したのが仕事を辞めてから派遣。
すぐに家の近くの老人保健施設で紹介してもらって、夜勤のバイトを始めたの。
同時に幼馴染みとの旅行の準備も具体的にすすめてね。

バイト中って正直暇だったんだよね
いいことです
まぁ、夜勤だし緊急なことがない限り老人ホームの利用者さんたちは寝てるだけだからねっ
時間に余裕が出来て色んなことを考え始めて・・・

なんで看護師になったんだっけ?とか、
あれっ?なんで海外に興味を持ち始めて、留学したんだっけ?って。

そして思い出したんだよね。小さい頃はアフリカに行きたかったんだぁ。
日々の生活に追われていると、視野は随分と狭くなるものだね。
自分の夢を忘れていた訳だし。
現状の看護師の仕事に本当に満足していたのよねー

でもそれでも良かったのかもしれない。

仕事に満足出来てるだから。

でも小さい頃からの夢を思い出した時、やっぱりアフリカへ行きたくなったんだよね

病院で働いた経験が3年しかない自分に何が出来るかなんてあんまり考えなかったし、
ただ行きたいって思いだけでボランティア活動について調べ始めの。

でも探しても探しても看護師で海外にボランティア活動行った人のことが書いてある情報を見つけられなかった

JICAで働いている人たちの記事は少し見つけられたと思う。
でもJICAにはあんまり興味がなかったし。
正直、好きか嫌いかもわからないようなことに2年を費やす勇気はなかったの。


そこでミャンマーで活動しているNPO団体の説明会を聞きに行ったんだけど、
本当にびっくり

奉仕活動するのに、1年間100万円ぐらい実費で必要だということ。
その上だいたい2年間の活動。
えっ
無給だけじゃなくって、むしろマイナス

本当にびっくりしたの。生活費、移動する費用、保険にとにかく全て。
私にはそこまで捧げる準備はなかったしね


そこで出会ったのが世界の医療団(Médecins du Monde)。
私が理想とする6ヶ月契約、自分自身は奉仕するけど、自分の全財産までは奉仕しない形。
現地での活動中、少しのお小遣いももらえたので、実費で出費があるのはバカンス期間ぐらい。ボランティア活動については、書きたいことが山ほどあるので、またの機会にします


世界の医療団も定期的に行っていて、そこで説明会に参加。
でも何を聞いたのかイマイチ覚えてないの…すいません

実務経験2年以上って募集要項に書いてあったし、とりあえず応募

一番最初のコンタクトは日本の世界の医療団と。その後はフランスの本部とのやりとり。しかも電話とメール。。。。
英語力不足の私には、本当に大変だったよぉ


でもなんと採用された




仕事を辞めたのが、3月末。

NYでの滞在が5月中旬から8月上旬。
その間ペルーのマチュピチュに行ったり、
メキシコのカンクンに行ってダイビングをしたり、
NYでは語学学校に行ったり。

Sex And The Cityがちょうど流行ってた時期にNY。
貯金してたお金もあったし、幼馴染みは金融系で働いてたっていうのも影響してなのか、
毎晩のようにおしゃれして飲みに出かけてたなぁ。
NYのこともいつか書きたいなぁ

派遣が決まったのが8月下旬。その後すぐにビザの準備などをして、

9月中旬パリにある世界の医療団の本部に寄ってから、
エチオピアの首都アディスアベバへ出発


そして活動地へ移動して、私の冒険は幕を開けた



アフリカに行きたいって思い直してから、
実際にアフリカに辿り着くまで本当にあっという間だったな。
何が大変だったかというと、情報収集。
情報がなさすぎたもん。
でも結局よくわからないまま出発した。
ある意味すごいよね

自分でも感心するもん
 
ということでこれからは準備についてとか、活動の種類とか、
私が知ってることはなんでも書いていきたいと思っています。
いつか私のように行きたいって思った人の役立てたらうれしいし、
何か聞きたいことがあったら、なんでも聞いてください



長々とお付き合いどうもありがとうございます