パレスチナ国 🇵🇸
Qどこにある?
A 地中海東岸。ヨルダン川西岸地区とガザ地区の2つからなる。西岸地区の広さは三重県と同程度で人口290万人、ガザ地区の広さは東京23区の6割程度で人口185万人。
Q 誰が住んでいる?
A アラビア語を話すアラブ人。92%がイスラム教信者。
Q パレスチナの歴史は?
A
イスラエル、パレスチナ問題を簡単に分かりやすく解説 を自分なりにまとめてみました。
3000年前、ユダヤ教を信仰するユダヤ人がこの地でイスラエル国を治める。
紀元前586年、新バビロニアが征服。その後、ローマ帝国が征服。
キリスト教がこの地で生まれる。
614年、ペルシャが侵攻。636年にはイスラム帝国が占拠。アラブ人も入って来てイスラム教徒となる。
11世紀、キリスト教徒が十字軍遠征で聖地奪還を目指すが失敗。
16世紀、イスラム教のオスマン帝国がこの地域を支配し、400年あまり続く。オスマン帝国がこの地をパレスチナと呼ぶようになる。
世界各地に散らばったユダヤ人は真面目で優秀だった。中には戻ってくるものもいたが、すでに住んでいたアラブ人と大きな対立問題は無かったらしい。
第一次世界大戦で、イギリスがユダヤ人、アラブ人両方に独立国家を作る矛盾した約束をしてしまう。これによりユダヤ人とアラブ人の関係がこじれてしまう。
さらにドイツのナチスがユダヤ人を迫害したことでユダヤ人の移住が急増し、狭い土地にユダヤ人がどんどん増え、アラブ人との対立を深くする。
1947年。第二次世界大戦後にイギリスが撤退し、この地を国連の決定に委ねる。しかしパレスチナ分割案はユダヤ人に有利な土地を、アラブ人に荒れた土地を与える不平等なものだった。アメリカに住むユダヤ人の支持を得るため、当時のトルーマンアメリカ大統領が後押ししたとか。
1948年、イスラエル独立。
アラブ人が近隣のアラブ諸国の力を借りて、第一次中東戦争を起こしイスラエルへと乗り込む。この時エジプトが乗り込んだのが今のガザ地区、ヨルダンが乗り込んだのが今の西岸地区だった。
この戦争はアメリカの支援もありイスラエルが勝利する。
さらにアラブ人の土地となる予定だった所はイスラエルの拡大領土で支配され、ガザ地区はエジプトが、西岸地区はヨルダンが支配することとなる。
しかし、1967年にガザ地区、西岸地区もイスラエルに支配されることになる。
それから20年後の1987年、パレスチナ人の青年達が武装したイスラエル軍に石を投げて戦うという出来事が起こる。これに世界中の同情が集まり、1993年にパレスチナ暫定自治協定が結ばれる。
ガザ地区、西岸地区からイスラエル軍は出ていくよう命ぜられるが、ユダヤ人からは反発が起こり、調印したイスラエルのラビン首相は暗殺される。
イスラエル軍とユダヤ人の多くはガザ地区から出ていくが、西岸地区ではユダヤ人は増えている。
ガザ地区を支配しているイスラム原理主義組織のハマスはイスラエル軍に対してロケット弾攻撃を急拡大する。イスラエルもガザ地区で反撃に出る。この紛争の本当の原因は、ハマスと有効な関係にあったエジプトのモルシ政権がクーデターで倒れたことでガザ地区が経済的に苦しくなったことと言われる。ハマスは停戦の見返りに経済的利得を得ようとしていたらしい。
イスラエル側もハマスへの攻撃と言いながら空爆や地上戦で民間人を巻き込んでいる。

