ようやっとアプリからブログが開けるようになりました半年くらいAmebaアプリのネット接続できてなかったみたい。)



H29年6月19日(24w、7ヶ月検診の時に20wくらいの大きさのまま成長が止まっていました)子宮内胎児死亡と宣告され、21日に男の子の拓海(ひろあ)をお空へ還してから約1年後の6月10日に娘を無事出産しました

今こうして娘と夫が隣でスヤスヤ寝ている。夢見ていたことが現実になる。
とっても幸せです。




今回出産したことで、同じような経験をした人にも希望を持ってもらえたらと思い書くことにしました。

娘を妊娠中にブログを書けなかったのはやっぱり不安が1番あったからですね。

また同じことになったら…と。
私自身、“死産からの妊娠”というフレーズや同じような経験をした方々から希望をもらったので、記録を残そうか…とても迷いましたが私には出来なかったのが事実です。


拓海を妊娠したときは舞い上がって妊娠検査薬で陽性反応が出た時にすぐ親と仲のいい友達へ報告したけど、
今回は心拍確認後に親と励ましあった天使ママさん、職場の数人へ報告。仲のいい友人数人へは安定期に入ってから。親戚には拓海の週数(20w)が過ぎた21w頃から。近所の方にもお腹が目立ってきてからバレるような形で。そして全体への報告は本当に生まれてからの報告でした。

その為とても驚かれましたが、みんなとっても喜んでくれました



妊娠中、余計なプレッシャーを感じたくなくて何故か知られたくなくて生まれてから!と、今やっとここに書くことが出来ています。

 

しかも私、途中から捻くれた考えを持つようになり「そんなに人が妊娠したこと知りたい?報告する必要ある?生まれてからの報告じゃダメなの?知ってなんか特になるの?」と…
妊娠してとっても嬉しいのに隠すように過ごしていました。
そんな私を見兼ねて、母からそろそろみんなに言った方がいいと、報告して現実になるようにしようよ!とアドバイスを受け徐々に報告をしていったくらい。

もちろん、妊娠報告って無理をしないためにも大切なんだと途中で察しましたが
(ですが私は報告が済むまで、バレるまで体調が悪いの一点張りでした頑なですね、私。)


自分で言うのもなんですが、元々明るくポジティブで毎日ハッピーというのが私の人生でした。拓海を失って人生のどん底を味わいましたが、しなくてもいい経験、できれば避けたかった経験、だけど私には必要だったのかもしれない経験を含め今明るく元気に過ごしていますそして今幸せです。


拓海がいたから娘がいる。
拓海が繋げてくれた命、大切に育てていきたいと思います天使ママだからではなく、普通のママの感性も味わいたい。今はそう思えるようになりました。



私は私なりの供養、考え方、捉え方、過ごし方を記録として残します。
人ってそれぞれ違う考えや感性をもってるもの。
私は私。まとまらないブログになることもありますが、そんな感じで書いていきます