偏執狂大衆娯楽趣味控

偏執狂大衆娯楽趣味控

もともと「歌は世につれ世は歌につれ」というタイトルで、大衆音楽と世相を絡めながら雑感を書いてました。今後は映画やら文楽やら絵画展やらについても、ここにまとめて記録していくことにしたので、タイトルを変更してます。

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アレサ・フランクリンの一番売れたアルバムといえばゴスペルライブの「アメイジング・グレイス」です。実は映画を作るつもりだったのに映像と音声がズレてしまっていたせいで、仕方なく音源だけリリースされた作品でした。それが映像技術の進歩で修正に成功し、公開と相成りました。

 

「天使にラブ・ソングを」などフィクションではゴスペルのシーンを観たことはありますが、ドキュメンタリーで観て改めて実感したことがあります。コール&レスポンスを初めとする会場の一体感や高揚感が、いわゆる大衆音楽とは次元が違うのです。やはり宗教儀式なのだと思いました。

ゴスペル作品を作る際に観客を入れたライブにする形式を望んだのは、アリサ自身だったと映画の冒頭で語られています。その意味が鑑賞を進めるにつれてひしひしと伝わってくる構成です。部分的にではありますが確認できる動画がYouTubeにアップされていました。

 

▼初日のハイライトであるタイトルチューンの「アメイジング・グレイス」

 

 

▼2日目は客席でミック・ジャガーがうれしそうにレスポンスする姿が記録されている「高き山に登らん」

 

 

▼最後に映像ではありませんがエンディングで流れる「オールド・ランドマーク」

 

▼「オールド・ランドマーク」はブルースブラザーズでJBが牧師役で登場し歌っていた曲した。

 

少しでも鳥肌を共有できましたら幸いです。

今でもバラエティ番組で、恐怖感を演出する時によく使われる、エクソシストのテーマ。ところが作り手には怖くしようという意図など全くなかったという、プログレッシブロックファンの間で有名なトリビアがあります。元々はマイクオールドフィールドが、キャリア初のソロアルバムとして1973年にリリースした、チューブラーベルズというアルバムの曲でした。アルバムチャートで全英1位、全米でも3位と成功を収めたのですが、重厚長大なプログレッシブロックの中でも、同じ曲でA面のパート1、B面のパート2という壮大な構成だったせいか、日本では一般的に認知されるほど売れなかった模様です。ちなみにマイクがほぼ1人で2,400回に及ぶ多重録音により完成させたこのアルバムを、甚くお気に召したBBCのDJジョンピールが、一発録りでパート1を再現するという、これまた壮大なプランを実現してしまいました。これがまた評判になり、全英では自らのセカンドソロアルバムが出るまで1位を維持したのだそうです。

拝聴されたらお分かりになると思うのですが、曲想としては大自然の恵みを表現するもので、エクソシストのテーマはそのプロローグだけの「切り取り」だった訳です。それで怖いイメージがついたことに当時、マイクは憤慨していたらしく、1992年リリースの『チューブラー・ベルズII』、1998年リリースの『チューブラー・ベルズIII』は、まるで怖さを感じない仕上がりになっていました。勝手にイメージを変える使い方をした映画製作者側へのあてつけか、はたまた誤解しているリスナーへの啓蒙活動か。またそもそもエクソシストの映画で使われた音源や、サントラとしてリリースされた音源は、版権の問題でマイクのレコードからではなく、何の相談もなく勝手に録り直したものだったことについては、不快感を露わにしているそうです。

ちなみにチューブラーベルズのエンジニアを務めた、ヴァージンレコードのトムニューマンという人自身もミュージシャンで、そのファーストソロアルバムが実は掘り出し物だったりします。マイクがバックバンドを務めていた、ケビンエアーズの捻りがきついルーツサウンドを、幾分ポップにした感じです。チューブラーベルズのような路線をご期待の方にとっては、とんでもない肩透かしと感じられるかも知れませんが、マイクも姉とのフォークデュオでデビューしており、英国では珍しくない取り合わせです。トムニューマンにいたってはWikipediaのジャンルが「カントリー」と記載されており、実際に最新アルバムはフィドルの伴奏を大々的に取り入れたりしていします。その路線の予兆が初のソロアルバムでも感じられるPenny's Whistle Boogieで、英ロックミュージシャンたちの変なこだわりを堪能しつつ、本日はおしまいです。

 

 

 

 

 

子供の時からの念願だった、関西では26年ぶりに上演される、東海道四谷怪談を観に行きました。矢倉寿司も買って準備万端。生で観る「戸板返し」や「提灯抜け」への期待に、年甲斐もなく胸を膨らませながら、席につきました。序幕で物語の伏線はひかれ、いよいよお岩さんが恨みを抱えて無残な死を迎える第二幕へと進んでいきます。

今まで私はこの四世鶴屋南北が作った希代の怪談物の恐ろしさは、祟りの凄まじさにあると思っていました。実際、幽霊として登場する第三幕の「戸板返し」や、大詰めで伊右衛門の母親、友人など関係者一切を呪い殺し始めるシーンの皮切りである、「提灯抜け」を描いた浮世絵が、昭和になっても子供向けの本に紹介されていたのです。また出演する役者さんは歌舞伎だけでなく映画でも、祟られないよう四谷一丁目までお墓参りに訪れているという話を、耳にしたことがある人は多いはず。

しかし、念願の通し狂言を観て、私はその認識を改めました。怖いのは命を落とす羽目に陥っていく過程であり、ピークはそれが色絡みの策略だったことにお岩さんが気付く場面だったからです。身の上の余りにも不憫さを、これでもかと突き付けられ、目をそむけたくなるのに魅入ってしまうあの感覚。だからこそ怨霊になる必然性が生まれ、大詰めの「蛇山庵堂の場」で繰り広げられる殺戮シーンも、否応なしに恐怖感が増す訳で。

東海道四谷怪談は伊右衛門とお岩さん夫婦が主役のお話です。ちなみに今回は片岡愛之助と中村七之助が演じていました。ただし今回の「気付き」に基づくと、このお芝居で最も腕前が問われるのは、お岩さんに事の顛末を気付かせる、按摩の宅悦ではないでしょうか。下手をするとわざとらしい説明になってしまう、難しい役どころだからです。今回は片岡千之助という役者さんが上手く演じてくれて、私はお芝居に感情移入することができました。期待を超える経験ができてよかったです。やっぱり古典芸能は生に限ります。