それは戦いのようなもの——
夏野菜の襲来に、我が家はにわか『八百屋』状態に。
まず、畑を耕しているのはDBさんで、調理はもちろん私であるのですが…、野菜たちは収穫してバケツやトレーに山積みとなってくる。
それを誰某に送り、分けて…、と細々に分類し、我が家の分を取り置く。しかし、収穫は毎日だから、ほぼ休みなく滞りなく、計画的に進めなくては『腐る』のだ。
以前は土を洗い、水を切って冷蔵庫に納めていたんだけれども、意外にも保たない。胡瓜なんて、一度水に潜らせてしまったら、肌に縮緬のような皺が寄ってしまい、自分と重ね合わせてしまうというていたらく。
なので、今年から新聞紙のお座部に鎮座させるやり方で様子を見ることにしました。できれば——暗所のようなところがあれば良いんだけど、ないなら仕方がなく、北側の玄関に置いてあります。
ここはわりかし広くて、作業するにもしやすい場所。
『昔さぁ、おままごとってやらなかったでしょ』
『おままごと?』
『そう。お買い物ごっことか…』
『え?』
良人はなんのことやら、笑って誤魔化しながら、本当だ。八百屋さんみたいだ、こう言って、自作の野菜をうっとりと眺めている。
『こうして列べるって浮かばなかったでしょ』
『まぁね』
『…』
どんどん集まり、猛り狂う夏野菜。バケツに入れたまま、トレーに山積みになった野菜を整理するって意外に大変、これが言いたいが…、突如、私がモラ子になったところで、それに全く気がつかない、気にもしない良人は、今日も野菜を摘んでくるだろう…
●映画と読書は毎日。
まるで日課のようなもの。
そしてYouTubeの《マリコ書房》を観て偶には新天地探しに奔走する。が、やはり偏り気味に本を読むのは変わらない。
先生、変わらず可愛い😍❤️
おっとりとした話しかたもいい。
実は成田先生も大好き💕
林真理子先生との対談は必見です。
つい最近観た映画の中で良かったのは、『揺れるとき』2021年/フランス 監督サミュエル・タイス
《あらすじ》
ロレーヌ地方の低所得者層向け団地に暮らす10歳の少年、ジョニー。まだあどけなさが残る年齢というのに、大人の話にしか興味を示さず、若い母親の恋愛模様を観察する毎日だ。その年、ジョニーの担任になった若いアダムスキー先生に背中を押され、先生と一緒に新しい世界への扉を開こうと踏み出す。
愛情に飢えた少年、ジョニーの淡い初恋を軸に、先生や母親、兄、周囲の大人たちの炙り出しが絶妙で、真剣に観ていたら…、案の定、哀しくなった。ジョニーの行動は大人から見たら理解し難く、大人は保身せざるを得ない。肝心の母親は(貧しいのもあるけれど)自分のことで精一杯。息子を理解しようと努めるけれども、精神的に大人になりきってしまった息子のジョニーについて行けていない。
ここを抜け出す為にはどうしたらいいのか…、ジョニーの目が段々と自我に芽生え、研ぎ澄まされてゆくのが美しい、初恋を経験し、手痛い失恋まで…、十歳の子どもの大胆な行動に、右往左往する大人たち。
私の心は、妙な同情と憤りとで綯交ぜとなる。私たちはいつから、こんなに滑稽なんだろう。
嫌なもの、見過ごして逃げていたものを目前に見せられた感じに。
『大人ってなぁ…、』
つい、こんな言葉が漏れ出てくる。若干のモヤモヤを残しながらも、最後は雲母の隙間から、一条の光を見出したところが本当に良かった。
誰もが必ず子どもだったし、うっかり大人になってしまったけれど…
凝り固まった思考を解きほぐす鍵になった、そんな映画でした🖐️
2023 7 16



