昨夜は満月だった。
どうして知ったかというと、カレンダーのおかげである。
つい最近、河野多恵子氏の『逆事』を購め、読んだ。5篇からなる短編集である。
人は満ち潮に生まれ、引き潮に死ぬ、という内容の短編を読んで、義父の死んだ時刻を調べた。
引き潮であった。
夫婦お互いの実家へ行くことが増えた今、こうした休日は大概、午前中が『誰かの時間』になっていて、気がつくと午後。それも2時は完全に過ぎていて、あっという間に一日が削がれてしまう。
お互いに気を遣い、お互いさまだと思いながらこなしているが、埋没しずぎると感情までも削がれていく。
その解決法としては…、心身を健康に保つことなんだろうけども、これもなかなか難しい。注意が必要になってくる。
結局、できることは最大にやるけれども、ある程度の覚悟が必要なんだと分かった。
人は死ぬ。それも必ず。
それを看取ることが残された人の役目であって、受け止めるしかないのだという、そういう、理路整然としたものに立ち向く覚悟。
そんな時、夫がカレンダーを見ながら満月だと告げた。
ご近所の神様に会いにいく。
閉園は5時だが、門は開いているというから。
そういうのがいい。
決めないのがいい。自分が行きたい時、その時に開いている門がある、それでいいじゃないかと思った。
元旦は海に行った。
地元の海はいい。磯の香りは人間の匂い。
空は丸く、全き、自分のものだった。
2026.1.4


